第7話 春の天皇賞
朝起きると小雨がガラスを濡らし、風が少し強かった。レース日和というには少し合わない。
一緒に寝たオンさんとバクシさんはまだベッドで寝ている。大事なレース前でもきっちり眠れるのは、俺と違って経験豊富だからか。
雨では外の自主練も難しいから、中で軽い筋トレをしておく。気配でバクシさんが起きたから、一緒に筋トレした。
軽く汗をかいてから、ホテルの大浴場でさっぱりして、制服に袖を通して先にロビーに行くと、トレーナーが新聞を読んでた。
「よう、おはよう。昨日は眠れたか?」
「緊張してあんまり」
「自分のレースじゃないのにそんな緊張するんじゃねえよ。来年は寝不足でちゃんと走れないなんて言い訳出来ないからな」
「そういうあんただって、ちょっと疲れてないか?」
「バッカ!よくみて見ろ!ピンピンしてるわ!」
腕を動かしてアピールしても、その割に目の所に疲れの皺が寄ってるのは隠せないぞ。あんまり寝ていない証拠だ。
それだけ教え子のレースに力を入れていると思えば信頼が置ける。
軽口を叩き合ってると、先輩達も準備を整えてロビーに集まった。そしてホテル内のラウンジで一緒に朝食をとった。
ウマ娘の食欲は大の男のそれを凌駕する事が多い。実際男のトレーナーが六人の中で一番量を食べない。
全員がビュッフェ形式の取り皿に山盛り取るから、ウマ娘が五人もいればあっという間に料理が空になってしまう。パンも一人で一斤ぐらいは食べるし、炊飯ジャーが一つ丸ごと空になった。
これでもかのオグリキャップ大先輩やシンボリルドルフ会長よりは、まだ大人しい方だろう。
フクキタさんは白米を山盛りに、玉子焼きや塩サケ、味噌汁と漬物をもりもり食べている。緊張で食事が喉を通らないようには見えないので一安心。さすが菊花賞ウマ娘だ。
「フクキタさんは今日の運勢はどうなん?」
「よくぞ聞いてくださいました!今日はカフェさんに逆占いをしてもらい、見事大優勝を飾るそうです!ビッグですよ!大開運です!こわいものなんてありません!」
ハイテンションになった先輩は納豆を三つほどかき混ぜてご飯にかけて盛大にかき込んだ。
カフェさんを見ると、彼女は首を横に振っていた。あーこれは良くない未来を見たから逆の事を言ったな。
わざわざレース前にテンションの下がる事を言うより、調子に乗らせた方が良いと思ったのか。
こういう時は経験者に任せた方が大体上手く行くから何も言うまい。
多少騒がしい朝食も滞りなく終わり、出発の時間まで部屋でくつろいだ。
時間になり、ホテルが呼んだタクシー二台にレース場まで送ってもらった。
今日の舞台、阪神レース場の前は午前中にもかかわらず、多くのファンが詰めかけてお祭りのような活気に満ちていた。
売店はタコ焼きやフランクフルトが香ばしい匂いを漂わせ、出場するウマ娘のグッズ販売所は人だかりができて盛況だ。
客層は半分ぐらいは若い男だが、女の子や家族連れも結構多い。ウマ娘のレースは楽しいお祭りみたいなものだ。
ウマ娘のレースは国内有数のエンターテイメントなので、G1級レースの開催場所は毎回数万人以上が集まり、相当な経済効果を生むと聞いた事がある。
レースによっては観客の入場料だけでも一日数千万円の売り上げになり、グッズ販売も莫大な額が動いた。さらにウイニングライブのチケットも毎回売れ切れ続出。ライブ映像配信の有料登録者数も毎年右肩上がりが続いている。
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