さやか嫉妬する
微かな物音で美樹さやかは目を覚ました。
「…ん」
寝ぼけた目で隣を見ると、いつも傍らにいる相方がいない。シーツに手を這わせ、ゆっくりと気だるげに上体を起こす。
「あら、お目覚め?」
艶のある声が前方から聞えた。さやかが目をやると、鏡台で髪を梳かしている相方と鏡越しに目が合った。
「おはよ…あんた珍しく早いじゃん…」
蒼い髪を掻きながら、照れくさそうにさやかは微笑む。
「あら、貴方が遅いのよ」
そう言って、鏡に向かいながらほむらは蒼い髪の女性に目配せする。
へ、とさやかがサイドテーブルのほむらの携帯で時間を確認する。もう昼に近い。
「うわ、ほんとだ全然気付かなかったわ」
「貴方って、ほんとお間抜けな顔して眠るのね」
「はあ?人の寝顔見てそんな…趣味悪いわね」
黒髪の相方は振り返ってにやりと笑う。恐ろしいほどの美貌だ。
「あら、気持ちよさそうに眠っているから起こさなかったのよ、むしろその優しさに感謝すべきじゃないの?」
そう言って腕を組んで、ん?と返事を促すように小首をかしげる。長い黒髪がさらりと揺れ、相方の口元がゆっくりとつり上がる。相変わらずの美しさに、さやかは眩しそうに目を細めた。心なしか顔が赤い。
「そりゃあ、そうだけど…うん、ありがと」
「聞き分けがいいわね」
ほむらは満足そうに目を瞑り、そうして再び目を開くとブラシを持って立ちあがった。
ベッドに上がり、さやかの元へ近づく。
「ほら、おいで」
「へ?」
「ブラッシングしてあげるわ」
ベッドの上に膝立ちのまま、ほむらはさやかの背後に密着する。そうして寝ぐせのある相方の蒼い髪をブラシで梳きはじめた。その意外と優しい手つきに驚くさやか。
「貴方の寝ぐせひどいわね」
「ねえ…あんた、最近妙に優しくない?」
「別に普通よ?」
そう言って、相方の寝ぐせと格闘を始める。楽しいのか鼻歌までうたいだした。
さやかは落ち着かない。なんだか妙に優しい気がするのだ、相方が。
…困ったなあ
さやかは目を伏せる。
いつもは冗談と嫌みが飛び交いお気楽に会話が進むのだが、こんな風に素直に優しくされると、なんだか気恥ずかしくてさやかは何も言えなくなる。この性質は、遠い昔幼馴染の少年に淡い想いを抱いていた頃から変わらないようだ。
――あの頃の私と今の私は違う
とさやかは思う。
ほむらが改変した世界で生活している内に、さやかは自分が昔の自分と少し乖離していることに気付いた。希薄なのだ、他人に対する想いが。恐ろしいほど美樹さやかは他人に淡白だった。
それが円環の理という完成された世界で全ての事象を知り、受け入れた影響なのかわからないが、この10年、さやかは他人に対して劣情を抱いたことがない。相方にはどうこう言っているが。ただ楽しく過ごせればいいと、軽いノリで誰とでも仲好くなるものだから、たまに異性にも同性にも言いよられることもあった。だが、特に関係を持ったこともない。まともに付き合ってきたのは、今傍にいる相方だけだ。
こんな風に優しくされると…ねえ?
なんだか妙に意識してしまう。頭に相方の指が這うのを心地よく感じながら、さやかは困ったように目を瞑った。
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