悪魔と私の休日
『私、明日暇なのだけど』
ものすごい気だるげで、でもすごく艶っぽい声でこいつは仕事中の私に電話を掛けてきた。
しかも今は午後10時、TPOってのをあんた全く心得てないじゃない!って文句の一つもいいたいけれど、なんだかこいつのことになるとついつい甘くなり私は仕事中にも関わらず返事をしてしまった。
「そう?じゃどっか行く…あ」
あ~私ってほんとバカ。ちら、と恐る恐る助手席に目をやると、隣で強面の私の上司が腕を組んで睨んでる。すみません、というジェスチャーをしたけれど、全然怖い顔を崩してくれない。ヤバイ、殺されるわこれ。
『…もしかして仕事中?』
「…うん」
『あら、悪かったわね、美樹さやか』
クスクスと笑う声が聞こえる、悪かったって絶対思ってないくせに!この悪魔!
『じゃあ、映画にしましょ、明日迎えに来て』
「うん、わかった」
ほむらはすごい映画が好き。私に電話する前から決めてんじゃんこいつ、私はついつい口を緩めてしまった。
『あとそれと』
「へ?何」
『がんばってね、お・ま・わ・りさん』
「な」
ほむらがクスクスと笑いながら電話を切った。
あんにゃろ、人をからかうにもほどがある。てか、その無駄な色気なんとか有効活用しろっての!
スマホを睨んでたら、頭を叩かれた。痛いけど、それよりとっさに謝罪の言葉が口から出る。
「すみません!」
「すみませんじゃねえぞ、馬鹿野郎!仕事中になに恋人といちゃこらしてやがる!」
まくしたてるように上司が怒る。そりゃそうだ。私が悪い。恋人うんぬんはちょっと違うけど、言い訳できるレベルじゃない。官用車のハンドルを握りながら私はまた謝った。今はこの白髪のベテラン刑事と張り込み中なのだ。
「ったくよお、女じゃなければブッ飛ばされてるぞおめえ」
浅黒い顔にすごみを効かせながらドスの聞いた声で怒鳴られる。さすが「昭和の名物刑事」と言われた男だ。私は神妙な(たぶん)顔で頷いた。ふん、と上司は鼻を鳴らし、また前方のアパートへ視線を移す。
ふええ、と私は心でため息を漏らす。
たぶんこの上司は私が今まで会った男性の中では一番怖い人物だ。でもまあ…
私が世の中で一番怖いのはあいつなんだけどね。
「動きませんね」
「ああ、全然動かねえ…」
クソッ、と呟きながら、上司がドアの縁を叩く、私はハンドルにもたれて上司と同じく安アパートの真っ暗な窓を見る。ドラマと同じで、どうしてこう参考人は似たようなアパートに住むんだろう?
まあ、時計の針が明日になる頃には交代要員も来てくれて、きっと明け方近くには帰れる、うん、そう信じよう。
寝不足で映画館で眠ったらほむらに怒られるかな。
「おい、てめえ、何にやにや笑ってやがる!」
「わあっ!すみません」
私ってほんと感情が顔に出やすいらしい。
ほむらが世界を改変してから、もう10年経っている。それ自体ほんと信じられないもので、こんな不安定な状態で、よくここまで来たものだと私はしみじみ思う。
私とほむらはこの社会のルールに沿って生きるためにあえて人として成長していた。ほんとは年を取らないんだけど、できるだけ長くまどかと一緒にいるために、そして魔獣を狩るためにうまく人間社会に溶け込むためにもう少し大人になっておく必要があったから。まあ…ある程度年を取ったら、成長を止めて、世間から姿を隠すつもりでいるけど、それはまだ先のことだ。
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