第四局 いい将棋やな
あいの弟子入り騒動が起きた翌日、悠斗は東京へと出張に出ていた。理由は、東京のAb〇ma TVに収録に来ていたのだ。帝位戦紅白リーグの対局の解説である。
ただし、今日の悠斗は『聞き手』であり、『解説』ではない。では、解説は誰なのか?回答は彼である。
「おはようございます。」
『名人』。過去には七冠独占を果たし、現在も名人位をはじめとして複数のタイトルを保持するトップ棋士である。今日はとある出来事を祝した特別解説となっているのだ。名人の二つ名である『神』と悠斗の二つ名である『天災』からとってこの組み合わせは『天神』と呼ばれ、この二人による解説となっているのだ。
「おはようございます、名人。」
この二人が横に並ぶというのはそれこそ重要な対局など相応の場所であり、周りのスタッフ一同息をのむのが必然であった。
▲▽▲▽▲
「本日は帝位戦紅白リーグ、九頭竜八一竜王対神鍋歩夢六段の対局をお届けします。Ab〇ma特別企画としまして、解説は名人。聞き手は私、一ノ瀬悠斗が務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」
解説はこのような感じ。大阪の将棋会館では将棋が始まった。
「今期の帝位戦挑戦者決定リーグは神鍋六段大活躍ですが、名人はどうお考えで?」
「そうですね。彼も新進気鋭の若手棋士ですからね。ぜひとも頑張ってほしいです。一ノ瀬玉座としては弟の竜王について、どうですか?」
「いや―今期は厳しいですねぇ。2連敗ですよ⁉まあ、最近は彼奴らしくない将棋が続いてますから…貪欲に勝ちに行ってほしいですね。」
「戦形は相矢倉のようですね…」
相矢倉はそのまま互いに矢倉を組む戦形だ。定石として非常に確立されているため、ポンポンと将棋が進んだ。
その後に飛び出した一手は神鍋流1五香だった。歩夢の新手であり、これを原動力として歩夢は帝位戦を勝ち上ってきたのだ。
「一ノ瀬玉座、この手はどうです?」
「そうですねえ…」
長考に入った八一そっちのけで二人は新手について語り合っている。あまりに解説が高難易度であり、視聴者も置いてきぼりになったことで『解説にこの二人の組み合わせは避けるべし』と言われたとかなんとか…
▲▽▲▽▲
逆転に次ぐ逆転。二人が“数分”で出した八一の攻勢からの歩夢のさらなる一撃の場面になった。あまりに、盤上が二人の言う通りになるのだから皆ドン引きであった。
それは別として、盤上にいる若手の二人は止まらなかった。八一はいつ形作りに入ってもおかしくない場面だった。しかし、彼は諦めなかった。まるで運命に抗い続けるが如く、駒を動かし続けた。
「熱いですね。」
「面白い将棋ですね。」
一人がノータイムで指せば、もう片方がノータイムで指し返す。熱すぎる将棋がそこにはあった。非常に泥臭い将棋だった。そして夜遅く、もうあと少しで日付を跨ぎそうなほど夜遅くになってもその将棋は続いた。同世代のプライドがぶつかる将棋は歩夢のわずかなミスによって八一の勝利に終わった。
「今回の将棋を振り返ってどうでした、兄弟子の一ノ瀬玉座?」
「そうですね…どこまでも泥臭くて、粘って、粘って勝利をつかむのは『タイトルホルダーらしくない。』なんて言われるんでしょうか。でも、ハナから諦める将棋より何倍も美しくて、熱い。そして面白い将棋だと思いますよ。少なくとも連敗中の彼よりもとてもいい顔をしていた。だから私は今日の将棋を評価しますよ。『いい将棋やな』ってね。」
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