ハーメルン
世界の背表紙で、君と踊ろう
#0x08 Forget me not (2/2)

 明くる日、朝十時二十分。僕は念のため少しばかり早めに、錦糸町駅北口のバスロータリーで、千束さんを待っていた。
 気温は少し前に比べれば大分寒くなっていて、そういうつもりで道行く人の格好を眺めれば、いつの間にかすっかり秋めいていたことに気づく。

 頭の中で、今日の行程を確認する。ほぼ衝動的な決意によって計画された今回の千束さんとの街巡りは、しかし明確に一つの目的を持ったものでもあった。
 彼女の生活範囲ではない、城北、城西地区を中心に案内をすること。そしてそれは、僕が喫茶リコリコに至るまでの足跡を、彼女にどうしても知ってもらいたいという、我欲の発露でもあった。

 集合時間五分前の、朝十時二十五分。遅刻癖が深刻な千束さんが、しかし時間の五分前に、僕の前に現れた。遠くから手を振って、そしてこちらへと歩いてくる。

「おはよっ。ちょっと待たせちゃったね」

 その出で立ちを見れば、白のタートルネックに、ダークブラウンのカーディガン。そして彼女には珍しく、マキシ丈のワインレッドのプリーツスカートを身に着けている。いつ見ても彼女のカジュアルな装いはパンツルックばかりだったから、それは僕の目には非常に新鮮に映った。

「いや、そこまでは。自分から誘ったし、待たせるわけにはいかなくてさ」

 我ながら気の利かない受け答えだ。昨日リコリコの連中にデートだなんだと言われたせいで、変に意識してしまっているようで。僕のその様子を一頻り眺めた千束さんは、そしてやおら吹き出した。

「……なんだよ」
「いやぁ、いやごめんごめん。ちょっと、あまりに普段の隼矢さんと違い過ぎて、おかしくなっちゃってさ」

 堪えきれないとばかりに笑顔を浮かべた千束さんは、そのまま僕の隣に立って、背中をぽん、と一つ叩いた。

「いつも通りで行こうぜ、隼矢さん! ……今日は、よろしくね?」

 そして僕の顔を覗き込むようにして、そんな一言を。
 そんないつも通りの千束さんのあり方に、僕も肩ひじを張ってもしょうがないと、いつの間にか体のこわばりが取れていることに気づいた。

「そうだね、よろしく。……それと、千束さん」

 なあに、と振り返った彼女に、意趣返しの一言を。

「いつもどおり、よく似合ってるよ、服」
「……それほどでもある!」



 錦糸町から、御茶ノ水駅へ。そこから丸の内線に乗り換えて、一駅。
 僕たちの第一の目的地は、本郷三丁目の駅近くにある。地上に出て本郷通り沿いを歩くと、それはすぐに見えてくる。大きく聳え立つ、朱塗りの歴史的な構えの門。

「ほおぉぉ……これが聞きしに勝る『赤門』ですかぁ……」

 千束さんが、小さく横で感嘆の声を上げた。
 そう、つまりは、赤門。東京大学本郷キャンパスだ。

 今回の僕のプランのメインラインは、僕がリコリコメンバーとなるまでの足跡を、逆順に辿っていくこと。その第一歩が、二年ほど前まで僕が在学していた、この場所だった。

「じゃあ、隼矢さんって東大生だったんだ?」

 門をくぐってキャンパス内に入りつつ、横を歩く千束さんが僕にそう問いかけてきた。

「まあ、そうなんだけど。でも東大生だったのは実質三年ぐらいのもんだし、本郷に限っては一年ぐらいしか通ってないんだよね。ま、卒業扱いにはなってるんだけど」

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/10

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析