#0x0A Stay alive (3/3)
結局その後、千束のために誂えられたその振袖を収めた桐箱は座敷の片隅に置かれることになった。開かれていた蓋についても、今はもう閉じられている。
それがお披露目されるのは、もう少し後でいい。時間はまだある。いや、僕が、僕たちが、作ってみせるのだから。
しかし彼女は、さっきから落ち着かない様子でそちらに視線をちらちらと向けている。それはどうにも、生きる死ぬの話ではないように見えた。
確認がてら、問いかけてみる。
「千束……それ、着てみたいんだ」
「……まあ」
僕の言葉に、彼女はバツの悪そうな顔で頷いた。それもそうか、と思う。彼女は、率直に言ってお洒落好きだ。あの華やかな振袖に一度でいいから袖を通してみたいというその気持ちは、考えてみれば当然の欲求だろう。
そしてそれを今この話の流れで持ち出すことに、どこか気まずさを覚えている。なんともいじらしい態度ではあった。
その様子を見ていて、僕は一つの妙案を思いついた。
「じゃあ、君の心臓の問題をどうにかした後。快気祝いに、着てみようか。写真も撮ってさ」
僕の言葉に、彼女は我が意を得たりと手を叩く。
「いいねぇそれ! じゃ、猶更死ねないね、私」
そしてそう、冗談めかして言いつつも、笑顔を浮かべた。
そうだ。そうやって、約束を積み上げよう。死ねない理由を、重ねていくんだ。
そうだろう、とミカさんに顔を向ける。
しかし座敷席の上がり框に腰掛ける彼は、その振袖の入った桐箱を、浮かない表情で見つめていた。
「先生? どうしたの? そんな顔して」
千束が、僕の肩越しに彼のことを覗きこむ。僕たちの方をちらりとだけ見た彼は、また振袖の桐箱に視線を戻して、そして小さく口を開いた。
「私にも、言うべきことがある。千束にだ」
はぇ? と声を上げ、自らの前へと歩み出た千束の方に、ミカさんは身体を向けた。しかしその視線は手許に落としたまま、纏う空気は愁いすらも帯びている。
「今なら。隼矢くんとケンカをした今の千束になら、言えると思った。……シンジのことについてだ」
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