Apdx.03-03
時が進むのは早いもので、気づけば五月の連休はすっかり来し方の存在となっていた。たきなさんとの訓練は五週目を迎え、リコリコのほうにもDAからの依頼や報告がいくつか舞い込み始めている。モラトリアムはいつまでも続かず、僕たちは僕たちの日常に戻るべき時を迎えていた。
今日は週末、金曜日である。果たして僕はいつもの通り、千束の家を訪れていた。
家とは言うが、それはあくまで僕の常識の中の語彙によるものだ。彼女はそれを「セーフハウス」、つまり隠れ家と称している。
今までお目にかかったことはないが、聞く限りにおいてはどうにも彼女は都内に「拠点」とも呼ぶべき居住地を複数箇所持っていて、必要に応じて使い分けているらしい。
ただ実状を客観的に見れば、自ら「一号」と呼ぶこの一見して何の変哲もないマンションの一室こそが、彼女にとっての自宅であると表するのが妥当だろう。僕は彼女がそれ以外の居住地に一瞬ではあっても逗留しているところを、ついぞ見たことがなかった。
インターホンを押して来訪を知らせ、合鍵を以て中へと入る。さすれば相変わらずの殺風景な部屋が、僕のことを出迎えた。
ここは千束の改造によって、メゾネットとも呼ぶべきものになっている。
その上層部分、つまり今僕のいる場所だが、ここには本当に何もない。見ての通りのただの空き部屋だ。
いっそ清々しいほどのカモフラージュだが、同時にこれはハニーポットとしての機能をも見込んでのものだという。つまり侵入者が千束の存在を見込んでここへと押し入って、しかし出迎えた単なる空室に面食らっているあいだに、気づかれないように迎撃態勢を整えて、そして一気呵成に追い返すという寸法だ。
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