#0x04 Two sides of the same coin (1/2)
反射的に、脳が理解を拒絶した。
一秒、二秒。彼女が何を言ったのか、無理やりにでも咀嚼する。
「たきなさんが」、「トランクスを」、「穿いていた」。もう一度脳内でその言葉を諳んじた後、僕は千束さんに問い返した。
「トランクス……って、下着の?」
「そう、下着! 男物の!」
「あ、そう……そもそもどうやって確認したの? それ」
「そりゃスカートめくって……あ」
言った直後、彼女は自らの失策を悟ったらしい。口に両手を当てた後、気まずそうに、僕から目を逸らす。
「……何というかだけど、まずはたきなさんに謝るべきじゃない? 同じ女性だろうと、やっていいことと悪いことがあるでしょう」
「そう、だね……」
頬を搔きながらそう呟いた千束さんが、たきなさんに向き直って、勢いよく頭を下げた。
「ごめん、たきな! つい勢いでやっちゃった」
「……いえ、まあ。そんなに気にはしていませんが」
なんとも言えない声色で、たきなさんが千束さんを許す。てへ、とばかりに頭に手を当てながら顔を上げた千束さんは、そうじゃないんだった、と言いつつももう一度僕の方を向いた。
「まあ……それで、実際どう思う? 男物のトランクスって」
また、矛先が僕に向かう。何ともデリケートな質問が来たものだ、と内心冷や汗をかく。言葉を選びつつ、僕は口を開いた。
「まあ、トランクス自体は悪い下着じゃない、とは思う。通気性はいいし、代謝量の多くて体温の高い若者なら、そう悪い選択じゃないんじゃないかな」
たきなさんの自発的選択の可能性もあるから、あまり強い言葉は使えない。ただ、どうしても懸念点はある。
「ただ、男物のトランクスって……その、前が、ね」
はてな、と首を傾げていた千束さんだが、数秒後に僕の言わんとするところを理解したらしい。次第に顔が紅潮してきたのが見て取れた。これは、まずったか。
「あの、ごめん、別にやましいことを言ったつもりじゃ」
「わかってるわかってるわかってるぅ! ちょっと黙って!」
「あっはい」
強引に遮られ、押し黙る。あまりにも気まずすぎる沈黙が、場を支配した。
そのまま十秒ほど。まさに死んでいるとしか言いようがないこの場の空気を何とか浮揚させようと、千束さんの顔色をうかがいながら、僕は声を上げた。
「その、そもそもたきなさん、どうしてトランクスを……?」
たきなさんに問いかけると、彼女はつ、とミカさんの方に、目線を向けた。
話を総合すると、つまりはこういうことらしい。
たきなさんがこの店のホールスタッフになるにあたって、ミカさんに対してドレスコードを訊いた。対してミカさんは制服の支給は行うから、下着だけは自前で持ってくるようにと彼女に答えたのだとか。
根っからのリコリスである彼女は、基本的に私物の服を持っていない。リコリス制服のほかには、申し訳程度の部屋着、それに寝巻と、その程度しか手持ちの服がなかったそうだ。
そういうわけで、彼女はミカさんに一つの問いを投げかけた。すなわち、それは。
「何かお好みの下着はありますか、か……」
親密な仲でもない男性に訊くような質問ではないな、というあまりにも当たり前の感慨を懐くと同時に、それを訊かれて男物の下着を答えるミカさんもミカさんで大概だ、と思わざるを得なかった。
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