ハーメルン
世界の背表紙で、君と踊ろう
#0x04 Two sides of the same coin (2/2)

 その日は、言うなれば勝負の日だった。都合三か月強もの長きに亘って追い続けてきた武器取引に関わった連中の尻尾が、ようやく手の届くところまで来たかもしれない。それはまさに千載一遇のチャンスと言えた。
 朝九時にセットしたアラームで起きた僕は、朝食を摂りながらもクルミに連絡をする。発注していたガジェットの所在を問えば、リコリコの勝手口に、キャリーバッグにまとめた形で置いてあるとのことだった。

"気張れよ、隼矢"

 個人チャットに言葉少なに書かれたその激励の言葉に、僕はクルミの確かな気づかいを感じた。午後からの千束さん達との合流にも耐えるオフィスカジュアル調の麻地のサマージャケットに袖を通して、僕は戦地へと赴くような心持ちで、自宅を発った。



 現場に向かうその直前、一度リコリコに立ち寄って、指示された通りの位置に据えられていたキャリーバッグを手に取る。
 この中に入っているものこそが、今回僕が仕掛けることになる二種類のガジェットだ。それはつまり連中の企みを打ち砕いてその姿を光の下に引き摺り出すための、さながら銀の弾丸とも呼ぶべきものだった。

 軒先で軽くその中身を改めてから、足早にリコリコを発つ。駅に着いてからの作業時間は、朝十時半から昼の一時半までの三時間を予定している。比較的余裕を持ったタイムスケジュールではあるが、当然にして万が一にも失敗は許されなかった。



 そういうわけでまずは午前十時、「作業員」の人たちと北押上駅近くの旧電波塔下複合商業施設にあるカフェで落ち合って、作業の流れの最終確認を実施する。それぞれの人員の動線を整理し、人数分コピーした構内図の上に、各員の初期配置と作業順についてプロットをした。結線後の動作確認を込みにして、何のトラブルもなくうまく作業が進めば、作業時間は二時間半前後となる。つまり予定している終了期限には十二分に間に合う計算だ。
 作業の手順書を含めた最終確認を終え、午前十時二十分、カフェを出発する。五分後、北押上駅D3出入口現実世界の押上(スカイツリー前)駅B3出入口から構内に入り、改札へと向かった。

 後ろに「作業員」をゾロゾロと従え、いかにも作業監督者ですといった面持ちで改札窓口に進み出る。怪訝そうな顔でこちらを見る駅係員に、交付された本物の作業員用入構証と、併せて「証票」を提示した。眼前の係員が、一瞬だけ目を瞠る。しかしその直後、お疲れ様です、の声とともに一礼、窓口からこちらへと出てきた。それから程なくして、彼の手によって作業者用出入口の鉄柵が開かれた。

「ありがとうございます」

 声をかけて、入構する。向こうも始業時に話を聞いていたのだろう。もう一度黙礼を返してきた。
 DAからの情報によれば、テロの標的となるのは北押上駅1・2番線ホームで、それはD3出入口から降りてすぐの場所にある。階段を降り、現場へと入った。「作業員」の人たちは持ち場に入りつつ、偽装された業務である「蛍光灯交換」の辻褄合わせのため、本物の交換用蛍光灯を各々取り出した。
 
 さあ、作業開始だ。手に持ったキャリーバッグを開く。
 中に納められているのは、バッテリー駆動、小型でありながらそこそこの出力を誇る、通信機能抑止装置だ。民生用周波数帯全てと、ごく一部の軍事用周波数帯に対する妨害電波を発出することができ、凡そ個人で入手可能なあらゆる通信体が発する電波による通信をシャットアウトする。これこそが、第一の仕掛けだった。

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