ハーメルン
世界の背表紙で、君と踊ろう
#0x05 Plated reality (1/2)

 北押上駅で起こった「騒動」から、二週間ほどが経過した。
 そう、騒動だ。実情に鑑みればどこからどう見てもテロ、或はその未遂事件と評するより他にないあの日のことは、しかし急遽行われた駅のロックアウトと併せて「試験運転中の地下鉄車両による脱線事故」とのカバーストーリーを与えられ、単なる一騒動へと矮小化された。それに疑いの目を持つ者は、誰もいなかった。
 その後の現場の清掃や修復作業が終わったのは、一週間前のこと。北押上駅の通常営業は再開され、そして人々はまた何事もなかったかのように、その地下空間を生活の一部とし始めた。
 あの日あの時、そこで何が行われていたのか、知ることもないままに。



 斯くして、今。

 角丸形の特徴的な間取りの、洋風の応接間の中、応接机を挟んで対面に立つ、一人の女性と相対する。
 ワインレッドの髪の毛を短く整えて、鋭い眼光でこちらを見据えるその彼女が、張りつめた緊張感が重くのしかかる空間の中で、徐に口を開いた。

「――お初にお目にかかります」

 歯切れのよく、女性にしては低い、威厳すらも感じさせる声が響く。

「生憎とこんな組織なもので、お渡しする名刺などのご用意はございませんが」

 斜め後ろに立つ秘書とみられる女性に一瞬だけ目配せをした後、彼女は名乗った。

「治安維持組織『Direct Attack』、実行部隊『リコリス』の統括責任者、楠木と申します。以後、お見知り置きを」

 そして軽く一礼をして、彼女は僕に右手を差し出した。



#0x05 Plated reality



 それは、東京駅から中央本線で甲府へと向かい、手配されていた車に乗り継いだ更に先にあった。
 市街地を抜け、山道に分け入ったその向こう、国有地として軍事設備並みの厳重な隔離を施され、秘匿のヴェールによって手厚く守られた広大な敷地が立ち現れる。そこは二ヶ月と少し前、千束さんとたきなさんの二人がライセンス更新やらなにやらのために出向いたであろう場所であり、即ちわが国随一の秘匿組織の、その本拠地に他ならない。

 この国の影に潜んで悪しき芽を闇から闇に葬る、ある種日本という国の最も深い闇――治安維持組織DAの本部が、その最奥、荘厳なる構えで僕を待ち受けていた。



 途中目隠しを強制されるほどの徹底した隠匿ぶりを発揮しつつも案内されたDA本部の応接室にて、僕はリコリスの統括を名乗る女性、楠木さんと向かい合っていた。

「これはご丁寧に。こちらもお初にお目にかかります」

 名刺入れから名刺を取り出し、彼女の方に向ける。

「警視庁公安部外事第五課第二係、真弓隼矢と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 そして僕は差し出された右手を、しっかりと握った。



 僕の名刺が秘書の手に渡り、そして僕たちはソファへと腰掛ける。それを確認するや否や、楠木さんは口を開いた。

「まず初めにですが……先日の北押上駅の件。我々はあなたに大変に感謝しております」

 言いつつも、楠木さんは秘書に目をやる。頷いた彼女は、一つの書類を楠木さんに差し出した。そしてそれはそのまま、僕の眼前へとやってくる。

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