ハーメルン
世界の背表紙で、君と踊ろう
#0x05 Plated reality (1/2)

 そして、方針は固まった。



 明くる日のこと。
 依頼人からの到着の連絡を受け、千束さんは喜び勇んで玄関前に陣取った。
 外で車の止まる音が聞こえた。依頼人の車だろうか。それからほどなくして表口の扉が開き、そこからまずは車椅子に乗った男性が覗いた。そしてそれに引き続いて、ここまでの世話人とみられるスーツ姿の男性が店内へと姿を見せた。

「お待ちしてましたー!」

 そう言って笑顔で出迎えた千束さんは、彼の姿を目にするなり言葉を失った。

 まず目を惹くのは、思考制御でもしているのか、全自動でスムーズな動きを実現する車椅子だ。そしてその上に運ばれる男性には、人工呼吸器とみられる装置が、そこから鼻へと伸びるチューブによって繋がれている。バイタルを確認するディスプレイも備えられ、目を覆うゴーグルは、カメラの機能を持っているのだろうか。
 その見えかけはともかくとして、観察する限りにおいては単独での行動は不可能ではなさそうにも思える。残りは排泄関連だが、体から見えないどこかにストーマ(人工肛門)でも据えられているのだろう。

 総じてそれは、見たこともないような先進医療機器の集合体と言える。なるほど、企業の重役というのも強ち嘘でもないかもしれない。そう思った。
 ……あるいは、偽装依頼にそこまでの金をかけられる財力の相手が、仕掛け人の可能性も、なくはないが。

 遠いところから、ようこそ。そう歓迎の言葉をかけたミカさんに、松下と名乗るその男性は声を発した。

『少し、早かったですかね? 楽しみだったもので』

 ややしわがれたような印象を抱かせる、老人の声だ。しかし目の前の彼の口は、動いていない。当然だ、ALSの人間が発語などできるわけがない。
 ならばこれは、合成音声の類だろうか。その推測が正しければ、今の彼は自らの思考入力に基づいてそれを出力していると言うことを意味する。サンプリングデータさえあれば声帯模写のできる音声合成モデルは世に存在しているとはいえ、それをこれほどのリアルタイム性を持って実現しているとなれば、これもまたすさまじい技術だ。一人感心していると、千束さんが再起動した。

「あぁ、いえ! 準備万端ですよ! ほら、旅のしおりも完璧です!」

 そう言って掲げた千束さんの手には、彼女手すがら作り上げたであろう、紫色の冊子があった。なるほど、それはまさしく旅のしおりだった。
 そうか。紙のしおりを持ってきたんだな、彼女は。手に持って見せるつもりだろうか。そう思っていると、僕の横に立つクルミが千束さんに声をかける。

「データで渡そうか?」

 はて、と首を傾げた彼女は、数瞬後に何かに気づいた顔をする。
 まさか、今の今まで全身不随の人間に直接しおりを持たせるつもりだったのではあるまいな、と。少しばかりその抜けっぷりに苦笑せざるを得なかった。まあ、そんなものが頭から抜け落ちるほどに、彼女は今日を楽しみにしていたと、そういうことだろう。



 そこから松下さんが側付きの男性を帰らせ、そしてクルミが旅のしおりの画像スキャンを進めている間のこと、当の松下さんが、僕たちに語り掛けてきた。

『今や機械に生かされているのです。おかしく思うでしょう?』

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