冥府の番人
ヒトのための場所ではないから、穴はいつでも暗かった。乗り捨てた魔導車は二時間後に自動で上昇を始め、最上層で父サナトが回収する手筈になっている。嘆きの声も恨みの声も凍り付いた亡霊の棺だけが凝視める中、イデア・シュラウドはその生涯で三度目、彼岸への扉を開こうとしていた。
二抱えもある魔導デバイスに軽量化魔法をかけて魔導車から降ろし、床の「大扉」から三歩と離れないところに据える。これが「親機」だ。向こう側に持ち込まれる「子機」とは呪術的に連動している(魔力過多により通常の通信が届かない場所への通信は専ら原始呪法による「日記帳」形式で、イデアはそれを機械化しただけだ。ことさら珍しくもない本人はこう言っている。しかし実際のところ、死者の国や星幽界の側の妖精郷にさえ繋がる機械の存在は、世界を激震させるに十分だった。)。
愛用のタブレット端末によく似た「子機」を左手に抱えて、弟に見せてやろうと思ったゲーム機の詰め合わせ(次元圧縮済みなので小型のトランク一つ)を右手に持って、イデア・シュラウドは今度こそ、世界に勝ち逃げを宣言した。
「これで終わり。僕の勝ち。──開かれた冥界への扉」
身の内に魔力を廻す。大扉に魔力を注ぐ。遠い祖と、そして呪いによる苛烈な淘汰でもって受け継がれてきた膨大な魔力を以てして、それでも穴の抜けた桶か、さもなければ底なしの虚を埋めようとするような。本当なら、魔力のすべてに命も魂さえ削り落として捧げて、それで漸く敵うような大魔術。
消費される魔力に比例して生成されるブロットを、この時のための呪詛が燃やす。父祖が焦がれて届かなかった高い空のような。父祖の権威の源となった蒼玉のような。焔がイデアを燃やす。肉の身のまま地下の深くへ向かう形あるものを、かつて生死の境を踏み躙らんとした異端の天才を、三度までも大扉を開かんとする冥府の番人を、焼き尽くさんとばかりに炎が上がる。
[1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/2
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク