ハーメルン
僕らのアンダーワールド
オルトの兄ちゃん(イデア・シュラウド)

 イデア・シュラウドには記憶の断絶がある。忘れ去った、忘れさせられた記憶。イデアの最高傑作(オルト・シュラウド)が奈落の底に呑まれたあの日に至るまで忘却(レテ)の流れが呑み続けた五十億の嘆きと同じように、もはや想起すること敵わない過去が彼の千年に一度の頭脳の内には封じられていた。

 ただ少しばかり珍しいことに、イデアの手の届くところには、記憶を読み取る機械があった。
 運命の糸を測るもの(ラケシス・システム)の主眼は高精度なシミュレーションであり、記憶(無意識)の読み取りはそのための一機能に過ぎない。だから映画のように記憶(過去)を覗き見ることはできない。しかし、()()()()()()()はできる。忘れ去ってしまった過去も、忘れ去るしかなかった記憶も。忘却の水流に断ち切られた事象さえ、(肉の器)に一度刻まれた事実さえあれば追体験は可能だ。

「イデア様、本気ですか?」
ラケシス・システムの操作担当がそれを訊くのは、もう五度目だった。女神がヒトに優しかったことなど一度とてないのだから、運命(モイラ)の名を冠すこのシステムだって、ろくでもないことしかできないに決まっていた。
「当たり前でしょ。何度も言わせないでくれる?」
 早くして、とヘッドセットを被ったまま言い捨てる。もっと早くこうしておくべきだった。オルトの記憶を選べるうちに、オルトの心を守れるうちに、この過去を把握しておくべきだった。

 地下のオルトが何を覚えているのか、イデアは知らない。「冥府(オルト)」という存在がいつ生まれたのかも、冥府の底に沈んだオルト・シュラウドの記憶がどこで途切れているのかも、イデアは知らない。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/6

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析