ハーメルン
無知で無垢な銃乙女は迷宮街で華開く
0.生まれ出る悪龍

海洋に面した岸線、ただ広い砂浜の背後に広がる緑一色の草原地帯と大森林。時期によっては観光客が馬車に揺られながら楽しむほどに自然豊かなこの場所は、しかし今現在、この地上において1.2を争うほどには荒れていた。
沿岸に建造された巨大な円形の白街壁はこれ程に離れていても目視は容易いが、常程に心を高めてくれた活気や華やかさは今は感じられず、普段は資材を積んだ木船が数多く往来している様なその海路にも、今日この日ばかりは小船一隻すら見当たらない。
水を跳ね、砂が舞い、多くの人間の決死の叫声が聞こえると共に、夥しい量の赤と黒が、美しかった景色を汚していく。青と白と緑しか無かった美しい世界が、徐々に醜い姿へと変えられていく。

――戦場、ここは戦場だ。

しかしそれは人と人との戦では無い。
人同士の戦など、つい300年程前に終演した。
今ここにあるのは、人と、龍との、殺し合い。

「ちっくしょうが!!なんだってんだコイツ等!!」

「クロノスさん!これはどうすれば……!」

「バルク!ラフォーレを守れ!ラフォーレ!お前は……!」

「指示など要らん、さっさと哭け愚図」

「ッ変わらず口悪ぃな!!挑発!!」

色黒の大男が獣人の青年と灰髪の女性に向けて指示を出しつつ剣を振るう。自身の腰に付けた石板に手を向け、嵌め込まれた透明な宝石を力強く叩きながら"挑発"と叫べば、瞬間、彼の身体から放たれるのは突風の様な軽い衝撃。
砂粒を僅かに飛ばす様なそれは、しかし驚異的な速度で海岸線を走る黒色の小さな生物達の足を一瞬だけ止め、なによりその赤の瞳に己を映し出すための強制力を与える。

『『『キィィィイイイッッ!!!!!』』』

「ぬぁぁあ!!気ッ持ち悪ィイ!!ほんとにコイツ等も龍種なのかよ!ラフォーレ!!」

「いいから走れ木偶の坊、私に構いながら行動を起こせるほど出来の良い頭は持っていないだろう」

「テメェマジでいい加減にしろよ!ぬぐわぁ!?」

「ね、姉さん……」

鱗一つ無く光沢を持った皮膚に特殊な粘液を纏った、龍種としての要素を顔面の形程度にしか残していない翼無しの小型生物。そしてその大群勢。
砂浜から突如として湧き出したそんな異形達は四つ足で砂の上を粘液で汚しながら縦横無尽に走り回り、狙った人間の臓物を鋭い歯と発達した顎で食い破ろうと狙いを定める。
総数は目で数えただけでも千は超え、臓物を貪られ既に死した勇者達の体内に粘液混じりの白の卵を幾つも植え付けているその姿は、戦う者達の戦意をも大きく抉り取った。見ているだけでも抵抗感を抱いてしまう様な姿と習性、吐き気を催してしまう者はとても多い。
そしてそんな輩を挑発で自分自身に意図的に引きつけた益荒男に浴びせられるのは、信じられないといった視線や、肩を並べて戦う女の罵倒だけでは物足りないだろう。
ラフォーレと呼ばれた灰髪の女が、20数もの小龍達に迫られながら身体中を粘液と血に塗れさせている男に対して杖を向ける。どうせいつもの事だ、耐火性能の防具が多少破けていた所で大きな問題にはなるまい。
そんな笑ってしまう程に軽い気持ちで、近付いてくる小龍たちを蹴り付けながら、足に付着した粘液を砂に塗りたくりつつも、彼女はその黒色の大杖にあまりに濃密な魔力を込める。

「【炎弾】」

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