ハーメルン
巫女転生 -異世界行っても呪われてる-
七 お妾騒動

 私とて、もう三歳。毎日遊び暮らしているわけではない。
 トウビョウ様の柱を拝むのは日々欠かさないし、家族の身に危険がないか毎日視ている。
 生まれてすぐの頃は、氷のようなものの中に閉じ込められている母様の姿が視えたが、今は違う。
 何度視ても、映るのは、視界いっぱいの巨大な鱗だ。
 それもずっと視続けていると、頭が痛くなってくる。
 何なのだろう……。

 とりあえず、母様には、「川と、湖と、滝には行っちゃダメだからね。ざぶーんってなって凍っちゃうからね」と言い続け、母様は「気をつけるわね」とニコニコ頷いてくれるけれど、視える絵に何の変化も起こらないから、効果はないのだろう。

「これは?」
「〝火〟」
「正解! じゃあ、これは?」
「〝カールマン〟」
「そうよ。ここから、ここまで読むと?」
「〝カールマンの剣撃は、火のカーテンを斬り裂いた〟」

 私は母様の膝の上で、字の手習いを受けていた。
 母様が本を広げ、適当な単語を指さすので、私はそれを音読する。
 答えにつまったり誤ったりすると、母様が正しい読み方を教えてくれる。私はそれを憶える。その繰り返しだ。
 これは父様ともしている。
 二人の言うことには、兄はもっと幼いときから完璧に読めたという。
 だから私も期待されているみたいだ。頑張ろうと思った。

 前世では文盲だったぶん、知らない言葉を学ぶのは楽しい。
 紙面をのたうつミミズのような黒い線が、新しい単語を憶えるたびに、意味のある言葉の羅列となるのだ。

「シンディったら、天才! 偉いわ!」
「うふ」

 何より褒められると嬉しい。畢竟、これが一番の理由だ。


 魔術の練習も始まった。先生は、母様か兄かシルフィである。
 詠唱の意味を理解し、澱みなく言えて、魔力があれば、初級魔術は誰でも使える、と、兄は言っていた。中級からは魔力を注ぐ時間や量が複雑になってくるらしいが。
 習い始めの頃、私は詠唱は言えても、初級魔術すらどうしてか使えなかった。
 それもそのはず。
 例えば、私が教わった初級火魔術の詠唱文は、「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、勇猛なる灯火の熱さを今ここに、火弾(ファイヤーボール)」だ。
 元々詠唱は初級相当の威力でも数分はかかるものだったが、それでは不便だと短縮されたのが今伝わる詠唱だそうだ。
 生成されるのは同じ火弾でも、教本によって微妙に詠唱文が異なることがあるらしい。多分、火は生活に必須だから、色んな地域で色んな短縮をされてきたのだろう。

 初級火魔術の詠唱。私はこれを「なんじのもとめるところにおおいなるほのおのかごあらんゆうもうなるともしびのあつさをいまここにふぁいやーぼーる」と読んでいた。

 意味のある文章だと思ってなかった。
 やたら長い一個の単語だと思っていた。
 文字の読み書きの練習が進むにつれ、小難しい単語を知り、詠唱が意味のある文章であることをなんとなく理解し始めた。
 それを意識して詠唱してみると、蝋燭の火より小さな、火弾っぽいものが生成された。

 兄やシルフィのようにはまだできないけれど、繰り返し使えば上達するだろう、との事。

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