茶道の申し子的な
茶道部の廃部を決定した。迷いも後悔もない。
オレも茶道をかじったことのある人間だ。
これを茶道と認めるわけにはいかない。
後ほど全国の茶道家とお茶農家の皆さんには謝罪が必要だろう。
「さて、生徒会長に報告してくるか」
「ま、待ってくださーい」
オレの腕にしがみついて必死に止める椎名。
色々と当たってしまっているがお構いなしの様子。
こんな状況でなければ少しは心も動くかもしれないが
抹茶が付くので今はやめて欲しい。
「せ、せめて、この茶菓子だけでも食べていってください」
入口に先回りしたみーちゃんもこちらを帰す気はないようだ。
茶菓子を差し出してくる。
振り切ることも可能だが——
読書仲間とクラスメイトとの今後の付き合いを考えると強引な手を使いたくはない。
「確かに、出されたものに口をつけずに退出するのも作法に反するな」
作法も何もこの場が無法地帯と化していることには目を瞑る。
「では頂きます」
茶室に正座し、姿勢を正してから、茶菓子を口に運ぶ。
「……美味いな」
茶菓子として出された練り切りは夏らしく向日葵の形をしていて
口に含むと白あんの上品な甘さが口に広がり、ほろほろと溶けていく舌触り。
『茶が飲みたい』
そんな衝動に襲われた。
この茶菓子にお茶が合わされば、どれ程のものになるのか探究心をくすぐられる。
くっ、なぜ今ここにお茶がないのか。
いや、ないなら手段は一つだな。
オレは黙って立ち上がり、石臼の前に座る。
先程全滅したので、まずは抹茶を作らねばならない。
転がっている茶葉の袋から適量を入れ
ゆっくりと一定の速度、力の入れ具合で回してゆく。
ここで慌てて回すと摩擦熱で茶の風味が損なわれてしまうからな。
そうして丁寧に茶葉を挽き、抹茶作る。
幸い茶釜にお湯は残っていたので、抹茶を入れた茶碗にお湯を入れる。
抹茶とお湯が馴染むように茶筅を振り
次第に速度を上げシャカシャカと細かい泡を立てる。
最後に茶筅で『の』の字を書いて茶筅を取り出す。
お茶の完成だ。
久しぶりに点てたが問題はなかった。
ここまでの所作を唖然と見つめていた部員たちに、お茶を差し出す。
衝動的に動いたが、流石に自分の分だけ作るのは気が引けた。
茶道部の最後の時間だ、ちゃんとしたお茶を楽しんでもらってから廃部としよう。
「お先に頂戴いたします」
と残り3人に断りを入れて、椎名が茶碗を左手の平に乗せ
時計回りに2回ほど回して、口に運ぶ。
椎名のおっとりしている目が大きく見開いた。
「美味しく頂戴いたしました」
と茶碗の飲み口を清め、茶碗を左に二度回し、みーちゃんに手渡しする。
椎名、そういう作法だけはきっちりとしているな。
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