ハーメルン
余熱の陽炎
第2話『ミウミ』(7)

「……―――!」
カミヤが起きあがった。
起きたカミヤは半身だけ起こすと、あたりを見回し―――
「これは……―――、船?」
言った。
「うん。船というよりは、舟だけどね」
詳細さを求めて言ったつもりもなかっただろう問いにそれでも詳細な答えを返すと、カミヤはこちらを向いた。
「それ……」
そしてカミヤは、風車塔の行方やここがどこであるとか今がいつ頃だとか尋ねるよりも先に私の変化に気付き、興味を持って尋ねてきてくれた。
「うん。さっきカロンが、『お前さんには必要ないかもしれないけどやるよ』ってくれた、今乗っているこの舟を生む力を持ったプレート製のリボンだよ。」
 カミヤの気付きが嬉しくて、再びちょっとだけ余計な情報を添えると共に答えを返してゆく。
「……リボン?」
「うん。親身の挺身も良いけど、お前はもう少し自己主張した方がいいってカロンに怒られて、贈られたの」
 帆布で作られたかのような見た目の白塗りのリボンはその見た目の通りゴワゴワとした感触で、しかもそれの端の方には髑髏と風車の飾りがまるでコサージュのように引っ付いていた。髑髏の飾りは道化師みたいな満面の笑みを浮かべていて、風車の飾りの羽は最後に見たアイオリスの風車塔の羽のよう真上よりも少し前側に傾いてとても古いやり方で喜びを露わにしている。
「それで……リボン?」
「うん。―――なんかすごく的外れてるよね」
そのリボンは製作者であるカロンの不器用さと一般から大きく外れた感性を表すかのように装飾具というより実用の必需品めいていて、義理にもお世辞にも可愛いとは言えない見た目をしたものだった。
「ねぇ、カミヤ」
「あぁ?」
それでもそんな見た目が非常によろしくないリボンで、必要も意味もないのに、髪を束ね、飾ってみた。
「どう、かな?」
初めて、自分から尋ねてみた。
「―――、……………………、ふーん……」
カミヤは何度も私の全身や、リボンを見て、驚きの仕草をとってみせると少しばかり黙って。
「……」
そんなだんまりの間にやはり何度もこちらへ向けた目を虚空に彷徨わせ口を何度も開閉させると、最後―――
「いいじゃん。似合ってるよ、それ」
真正面を向いてから、そう言ってきてくれた。
「……うん!」
初めて聞いた、必要ないのに贈られたその言葉が嬉しくて、本当に、本当に、まるで全身が熱くなっていると思えるくらいに嬉しくて、生まれて初めてのその感覚が気持ちよくて。
「ねぇ、カミヤ」
「あん?」
「どう?」
気付けば何度だって求めにいってしまっていた。
「おい、ミウミ、どうした。もう言ったろ、似合ってるって?」
「いいじゃない! 嬉しい事は何度だって聞いておきたいんだよ!」
時刻はもう夜中。海の上、舟の周囲はとっくに真っ暗だった。けれどカロンの遺した舟の上にいる私たちは、空に二つある月や無数にある星がばら撒いた大量の柔らかい光のおかげで道を見失わないまま過ごせていた。
「どう? ねぇ、どう!?」
世界の仕組みや風景がどれだけ変わろうと、変わらないものもある。
必要か不要かなんてもの、時と場所と対象によっていくらでも変化する。
だから必要不必要なんてのは、自分で定めてしまってもいいものなのだ。
必要だと求めてくれる存在がいる。必要ないとわかっていても、求めれば応じてくれる存在がいる。

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