ハーメルン
余熱の陽炎
第2話『ミウミ』(4)

高気圧と低気圧の間に作られた風の通り道を抜けてゆく。道すがら眼下にずっと見えている風車塔の天辺は、数百人の人間をその内部に呑み込んで尚もあまりある大きさの巨大な鐘を中心として作られたひらけた空間だ。数十人が肩車しようと届かないだろう天井と床の間、千人でも余裕で収納出来るだろうそんな空間の中央には、かつての熱とプレートがない時代には万人以上が力を合わせなければここへと移動させる事が難しかっただろう巨大な鐘が吊り下げられている。また、風車塔の屋上の地面の隅っこには、その巨大な鐘を鳴らす為に作られたという風車の大十字や小十字の一翼の一部が見えている。巨大な鐘を鳴らす為に作られたというそれら風車羽もまた、風車塔の屋上にある巨大鐘と同じかそれ以上巨大に作られている。
「おう、こっち、こっち」
風車塔屋上にある鐘の最外周円のすぐ側では、一足先に屋上の地面へと降り立ったカロンが手を振っていた。カロンが立つ巨大な鐘の最外周円の近く、風車塔の天辺地面と地面を覆う天井との間にある巨大な鐘の為だけに存在しているその空間は、積乱雲の中心、台風に目にあたる場所に位置しているというにも関わらず、高気圧が保たれていてからっとしている無風地帯だった。
通常、台風の目にあたる場所は極低気圧の状態であり、上昇気流と下降気流の入り乱れる場所であるはずだ。そんな事実から推測するに、この自然法則に反する状況が人為的に整えられたものである事は疑いようもない。そしてまた塔の本来の機能から考えるに、この反自然状況を作り上げたのはおそらく過去にこの塔を作り出した人たちであり―――、この反自然状況はおそらく風車塔自身の機能によって当時から保たれ続けているのだろう。
そんな風車塔の屋上空間へとカロンが事前に整えてくれた高気圧と低気圧の谷間の道を突っ切って、手招きに吸い寄せられるようカミヤは最短直線を進んでゆく。鐘の最外周円のすぐ直下に佇んでいるカロンは、カミヤが自らの声の届くと思われる位置にまで接近したのを確認すると、にっ、と人懐っこい笑みを浮かべた。
「なんとなく推測出来ると思うが、このデケェ鐘がこの場所にアイオリスの風車塔が建てられた理由だ」
 カロンの指差と呼称がカミヤの意識を、改めて己の頭上にあるアイオリスの風車塔の象徴の一つとして有名な巨大な鐘へと誘った。視線をゆっくりと上げて言ったカミヤはやがて口を開くと―――
「でけぇ……」
呆然とした様子で言った。見上げた先にある巨大鐘は、カミヤを放心させて素直な感情を引き出すだけの迫力があったのだ。カミヤは視線をそのまま直上の鐘の内側側面から鐘の内側にある広い空間内の方へ移動させると、やがて鐘の内側の頂点中心部分へと移動させたのち、達した後には鐘内部の上部から屋上広間の中央の床にまで伸びる金属の棒に沿って下の方へと動いていった。
鐘内部の中央と屋上の床を結んでいるその金属棒は舌と呼ばれるこの鐘を鳴らす為のものだ。風車塔の鐘は、その身を内部の舌ごと大きく揺らす事で内部の舌を鐘の内側の壁面へと打ち付けて周囲に音を鳴り響かせる種類のものだったのだ。
「膨らんでる……」
一方で鐘の鳴る仕組みどころか鐘そのものを知らないカミヤは、無論、目の前にある金属製のその舌を見てもそれがなんであるのかわからなかったのだろう、疑問顔を浮かべた。
「動かない……、いや、でも、『動いていた』……」
 それでもカミヤはカロンから教わった『かつてはこの鐘も動いていた』という言葉から、眼前にある鐘の舌がおそらくかつての時代には動いていたものなのだと推察、理解したらしく。

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