8 独白
「話を始めさせていただきたいのですが、姉から聞いたことなどの一部事実と違う事やあるいは私の独自解釈が含まれているかもしれませんが、概ね自分の中で正しいと思えるようなことに絞っておりますので、どうぞご了承ください。
母は悪い人ではなかったのですが、何と言いますか、恋に恋するような、どこか夢を見ているような人でした。少しは聞いてるかも知れませんが、あの人は高校時代に子どもを出産しました。周りは大反対した様ですが。
母の家はどうやら、そこそこいい所の家系であったと聞いております。何となく、お兄様も感づいているかと思われますが。望まれない結婚をして、そのせいでお兄様が苦しんでいるのでしょう。ああ、本当に許せませんね。
先ほど、お義母様が私にあのような反応をされたのも当然でしょう。私と母は見た目が似ています。姉も似ていますが、物心ついた時から髪を染めていましたから。私もそうしていればあのようにはならなかったでしょうか。
そしてその母のせいであの家庭の計画は少なからず狂ってしまった。誰であれ、元凶を目にして正気でいられはしないと思います。一応、別人ではありますが、よく知らない人にとって見分けることは難しいでしょう。
先ほどは重ね重ねになりますが、私を守っていただいてどうもありがとうございました。あの時、私は何をされても受け入れるつもりではありました。そうならなくて良かったのか、悪かったのか。自分ではわかりません。すみません、話を戻します。
本当は父親が誰かは分かっていたと言っていました。ですが、相手にとっては母のことなど取るに足らないような存在だったのでしょう。認知はしませんでした。しかし、その心が一方通行だとしても、母の幻想だったとしても、それにすがることでしか生きていけなかったのでしょうね。母は。
そうして産まれたのが私の姉です。名を実莉と言います。どうでもいい話でしたね。まぁ、それはさておき無知な私でも当然分かることですが、パートナーがいなく、そして頼れる家族もいない状態でたかだか20歳にすらなっていない子どもがお金を稼ぐことが出来るのでしょうか。そうして、二人に楽しい生活が待っているのでしょうか。お兄様、どう思いますか?」
「難しい、と思う」
絞り出してどうにか質問に答える。一定の間隔で刻む時計の音がやけに大きく聞こえる。そうか、母がいきなりおかしくなったと思ったのはそういう理由があったのか。比較的従順に生きてきた自分に対して、いきなり自分の妹が駆け落ち同然でいなくなる。恨みを持って当然だとは思った。
淡々と事を話す明莉に感情は全く感じられなくて。まるで他人事の様に感じられた。やっぱりたかだか会って数時間程度で少しわかったつもりでいたが、それは余りにも傲慢だと思い知らされた。
そしてそういった理由によって、明莉の引き取り先に苦労したのだなと思った。皆が避けたくなるのもわかる、わかるんだが。それを俺より年齢が低い、そんな少女に背負わせるのはあまりにも酷い話だと思った。
俺が何も知らない子どもだからそう思うのだろうが。もう少し成熟していたとき、両親の様に何も感じなくなっている自分が容易に想像できてしまって。そうして気持ち悪くなった。
今明莉は希望を持てているのだろうか。生前の母親からは愛されていて、今絶望を味わっているのか。初めて玄関先で会った時のことを思い出した。あの時はどことなく諦観に似たものを感じられた。そこから今までずっと自分はどうでも良いという気持ちは崩されていない。
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