ハーメルン
待て! 止さぬか! 儂じゃなかったら死んでおるぞ!!
術式を得た。
赤子時代は……今生における儂の恥じゃ。出来れば両親の記憶を消し去ってしまいたい。そんな術式は知らぬがな。
兎に角、赤子時代は儂にとって酷なものだった。
発声はろくに出来ぬし、衣服の着替えも一人ではままならぬ。食事だって母親の乳だった。幾ら赤子の姿をしていると言っても、儂の齢は六十を越えとるのだぞ。なのに年下の母親から乳を吸わねば生きて行けぬのは……ただの苦痛だったのぅ。
自分より若い夫婦に赤子として育てられるのは、何の罰だろうか。人を殺めた儂に、仏が罰でも与えたのか? それとも目につく呪術師に片っ端から喧嘩を売った罰か? ううむ。前世の儂は今にして思えば滅茶苦茶やってたのぅ。この時代の常識からすると考えられん。
話を戻そう。儂は二度と赤子になどなりとうない。あんな目に遭うのは二度ごめんだ。三度目の人生が送れるのなら、せめて赤子を通り過ぎた頃に前世の記憶が戻って欲しい。
この時代に産まれ直して、もう四年が経った。服は自分で着れるようになった。食事も母の乳ではなくなった。洋食とやらは美味い。特に『はんばぁぐ』なる肉の塊を焼いたものが素晴らしい。今の時代は、飯が美味い。食うに困らん。冬に凍えなくて良いのも助かる。
……じゃがな、夏。貴様は駄目じゃ。くぅらぁなる機械とやらが無ければ生きて行けぬ。初めての夏は熱中症とやらになって死にかけた。しかしその死に際で、もう一度呪力の核心に迫ることが出来たのは良かった。反転術式を生前より効率的に回せるようになったぞ。外への出力も出来るようになったかもしれぬ。試してないから分からぬがな。
それにしても。それにしてもじゃ。この体、呪力量がとんでもないのぅ。恐らくは、前世の数倍ある。これで反転術式回し放題……とはならぬが、ある程度の連用なら呪力切れを起こすことも無さそうだ。
そして、儂の術式が何であるか判明した。赤血操術じゃった。前世と同じ術式で本当に助かる。もし別の術式を得ていたら、術式操作の修得から始めねばならんかった。
「……さて。ためしてみりゅかのぅ?」
日が暮れた時間ではあるが、儂は庭に出た。決して広いとは言えぬが、小さなこの体は広いと感じている。
そんな庭の端で、高い塀を背にした儂は両手を重ね合わせ真っ直ぐ構える。合わせた掌の中に血を注ぎ込み、その血を呪力で圧縮していく。呪力量は生前よりある。つまり百斂をどの程度強められるか知っておきたい。そして、ついでに穿血の威力も知っておかねばな。
………。ふむ。圧縮はこんなもので良いだろう。では撃ってみるとしよう。的は、儂が立った場所とは反対側にある、この家の樹木だ。
「―――
穿血
(
しぇんけつ
)
」
この体、どうにも舌が回り難いの何とかならんか? 女体の舌はどうにも柔らかくて動かし辛い。ような気がするのぅ。
……まぁ、良い。まだこの体は未熟なのだ。いずれは不便なく扱えるようになる筈じゃからな。
さて。たった今放った穿血はと言うと……。
「……何、じゃと……?」
樹木に傷ひとつ付いておらん。いや待て、これはおかしい。儂は生前より強く百斂をかけ、穿血を放ったのだ。であればあんな大して太くない樹木ぐらい、風穴を開けられる筈なのだが……。
[9]前話
[1]次
最初
最後
[5]目次
[3]栞
現在:1/2
[6]トップ
/
[8]マイページ
小説検索
/
ランキング
利用規約
/
FAQ
/
運営情報
取扱説明書
/
プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク