1話:銀仮面の女騎士
まず二人の姉妹がいた。彼女たちは所謂神という存在と言って差し支えはなかった。
姉の方が、世界を作った。これはあまり褒められた行為ではなかったようで、抗議文まで届いた。無視した。
それはともかく、魔法と不思議に満ちた世界であったが、それ故に常に混迷としていた。
彼女は秩序なき世界に不貞腐れ、世界を妹に譲った。姉はこの世界のことを『割れた世界』と呼んでいた。
姉は混乱の原因は魔法だと考え、地形をそのままにもう一つの魔法のない世界を作ると、
その中にすっかり入り浸ってしまった。姉はそちらの世界を『公正世界』と呼んだ。
これにも抗議文が届いたが、やっぱり無視した。
妹に譲られた世界こそがこの物語の舞台である。
彼女は神に匹敵する能力を持つ大型爬虫類、ドラゴンを作り、無闇矢鱈と世界に解き放った。
この大いなる脅威は人々に団結を促す圧力を与え、そしてそれは世界をある程度安定させたのである。
人々はドラゴンを畏れ敬った。いつしかそれは信仰となり、龍教団なる組織が生まれることとなる。
時は下り、様々な歴史的事象と龍教団の分裂、大帝国の崩壊を経て、封建の時代が訪れる。
そうした中、フリース=ホラントと呼ばれる地域で、龍教団クピド派の巡礼者にとある少女が保護された。
凄惨な環境にいた彼女は手厚く看護され、心身ともに健康を取り戻す。
彼女の名はアーデルヘイトといった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふわぁーぁ、朝かぁ……」
今日も気持ちのいい朝だ。私は朝食の準備をする。と言ってもパンを切って昨夜の残りのスープを用意するだけだ。
私が目を覚ました時には既に日は高く昇っていて、朝の鐘も鳴っていた。
夜中まで恋愛小説を読んでいたせいで、すっかり遅くなってしまった。
慌てて朝食を食べ身支度を整える。チュニックにズボン、ブーツを履いて、龍教団の赤いフード付きローブを羽織ればおしまいだ。
そうして礼拝堂へと向かうと礼拝堂のヌシ、シスター・ベロニカが優しく出迎えてくれた。
「おはよう、よく眠れたかしら?」
「お、おはようございます……」
笑顔で挨拶してくれるシスターに対して、私はぎこちない笑顔を返す。
絶対内心怒っている!笑顔の仮面の下はきっと憤怒の表情だろう……。
「アーデルヘイト審問官。私達は愛の龍神クピドの信徒、というのはおわかりですね?」
「え、ええ、まあ……」
「では、なぜあなたは毎晩夜更かしをして寝不足なのでしょうか?睡眠は愛を維持するために大事な物なのですよ。なのにあなたは……!」
やっぱり怒っていた。この説教も果たして何度目だろうか……いや私が悪いのだけれども。
「す、すみません……」
「謝罪の言葉など不要です。審問官という立場である以上、ある程度の自由は認めますが、節度ある生活を心がけてください」
「……はい」
しょんぼりしていると、シスター・ベロニカは急に優しい顔になる。
「では、朝の礼拝を始めましょう。今日は良いことがありますように」
「……はい」
こうして私の一日が始まるのだ。
ところで、審問官というのは、信仰に反する者などを取り締まる役職であるが、ここ数十年は平和なもの。
前任者も殆ど仕事をしなかったという。背信だの異端だの破門だのという物騒な話はとんと聞かない。
元々クピド派が龍教団西方諸派の中でも特に世俗的という事情も存在する。
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