幕間:初日のキョーコ
彼は彼女の手を取ると、両手で優しく包むように握る。
「え、あ、うん……」
急に手を握られて困惑するキョーコだったが、悪い気はしなかった。
肉球と毛皮の感触が気持ちよかったのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ねえ、マシニッサくんって年いくつなの?」
「16ッスね」
「二つ年上かぁ」
二人は食堂で夕食をとっていた。基本的には、現代日本と比べると遥かに劣る内容である。
かってぇ黒パンに薄味のスープ、塩辛いチーズ、質素な肉にワイン。
黒パンはスープに浸して食べる他なく、チーズは長く保存する為に塩辛い。
質素な赤身肉は何の肉だかわからないし、少し獣臭い。ワインはそもそも口に合わない!
だがそれでも食べられないことはない。少なくとも飢え死にすることは無いだろう。
(贅沢なんて言えないよね)
そう思いながら食事を続けるキョーコ。
「そういえばさ、クピド派って何してるの?」
そう尋ねると、マシニッサがビクッと体を震わせる。
「それはもちろん、愛の伝道師ッスよ!」
「あ、愛の……?」
「そうッス。愛し合う者たちは幸せになるべきッスから」
彼はキラキラした目で語る。どうやら教義的な意味で言っているようだ。
「……愛ねぇ」
なんだか胡散臭い話だと彼女は思った。
「具体的には何をするの?」
「主に慈善活動ッスね。捨てられたり、居場所を失った人たちに、『あなたを愛する人や場所は必ず現れる』ということを教えるためッス」
「……それだけ?」
思わず聞き返してしまうキョーコ。あまりにも漠然としていてピンと来なかったのだ。
「あとはお布施や寄付金を集めたり、孤児院や施療院の運営をしたり、困っている人の相談に乗ったり、あとは冠婚葬祭の儀式を執り行ったりッス」
マシニッサは指折り数えながら答える。
「ふーん……意外とちゃんとしてる」
「意外は余計ッス、大きな声で言っちゃダメッスよそういうこと」
マシニッサは慌てた様子で周りを見回す。幸い誰にも聞かれていないようだった。
「……ごめん」
確かに不用意な発言だったかもしれないと思い謝るキョーコ。
「それじゃ、そろそろ食べ終わった事ッスので、宿坊に連れて行った後は修道女のお姉様方に任せるッス。女子の宿坊は男子禁制ッスから」
そう言って席を立つマシニッサ。尻尾が左右に揺れていた。
「……尻尾触っていい?」
「それはまた今度にするッス」
かくしてキョーコの修道院での初めての一日が終わったのだった……。
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