04 再会
行洋引退の理由がアマかもしれないsaiにネット碁で負けたからかもしれないと、引退して数年たった今でも噂されていることをアキラ自身気づいていたが、それについて表立ってとやかく言ったことはない。
なにしろ当の行洋自身が何も語らないのだから、息子と言えどアキラに何が言えるというのだろう。
だが、確かにアキラの目から見ても、行洋の棋風はsaiとの対局を機に変った。そして、プロだった頃より強くなった。
その行洋との対局を最後にネットから消えていたsaiが、再び3年ぶりに現れたのだ。行洋とsaiとの対局を知る者であれば、決して関心を寄せない者はいないだろう。
そしてsaiがネットに再び現れたのは、海外にいることが多くなった行洋が、珍しく日本に帰っていた時だった。
それを偶然と片付けるか、そうでないかは、受け取る人物の気持ち如何だ。
その中で、アキラの兄弟子である緒方はsaiの出現を偶然と片付けなかった。
行洋とsaiの対局にひどく心揺さぶられ、自身もsaiと対局したいと緒方が願っていることはアキラも知っていた。
そして一時はsaiの正体に一つの心の区切りをつけた筈のアキラでさえ、saiが再び現れたのは驚き以外の何物でもなかった。
本当に偶然だったのか、それとも何か別の意図があったのか。
迷ったまま緒方の勢いに引きずられるようにして、saiの棋譜を緒方と共に行洋に見せたのだが、行洋の反応は至って淡白なものだった。
緒方の言葉使いこそ礼儀を弁えているものの、胸の中で燻る感情を隠すことなくぶつけるような言及にも、ただ静かに受け答えするだけで。
いくら行洋でも多少なり動揺するはずだと踏んでいた緒方の思惑は見事に外れてしまい、行洋の表情からは終始何も読み取れなかった。
だが、アキラにとって予想外だったのは、行洋ではなくヒカルの動揺振りだった。
「大丈夫か、進藤。もうすぐ対局時間だぞ」
棋院のベンチに腰をかけ、じっと思案しているヒカルにアキラは声をかける。
「え?あ、そう、だな……。わり、ちょっとぼーっとしてた」
心配そうに気遣うアキラに、ヒカルは何でもないと返すが、どうみても普通ではない。平静を失っている。
この調子で北斗杯予選にのぞんだところで、予選落ちしてもおかしくないだろう。
ネットにsaiが再び現れて以来、ずっとこの調子のヒカルに、流石のアキラもsaiについて尋ねるのは憚られた。
ヒカルの反応は、恐らくsaiが現れるはずがないのに現れたことに対しての動揺だろうとアキラは推測した。
ネットのsaiの正体を唯一知っているだろうヒカルがそう考えるほど、再びsaiが現れたという事実は異常なのだ。
しかし、今だけはsaiのことに構っている暇などない。とくに予選免除で北斗杯に出場出来るアキラと違い、予選から勝ち上がっていかねばならないヒカルは尚更に。
アキラが隣にいるそばから、ヒカルはため息をついてまた考えこみはじめた。
(まったく、saiが少し現れただけでこの腑抜けようは……)
他人事のようにアキラは苛立ちながら、ヒカルとは別の意味でため息をこぼす。
いくらsaiが気になったとしても、対局となれば話は別である。
本来、北斗杯予選に出る必要の無いアキラが、今日、朝から棋院に来る必要は全く無かったのだ。
午後の対局が終わり、出場者が全員決まるまでにやってきて、スポンサーに一言二言挨拶をするだけで済んだ。
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