05
聞きたいことはたくさんあった。
しかし『サイ』と呼んだ人物にしがみつき、わんわん泣き続けるヒカルをただ黙って見ているしかできない歯がゆさに、アキラは奥歯をかみ締めぐっと堪えた。
(この男がネットのsai!)
ヒカルの言った『サイ』がほぼ間違いなくネットのsai本人なのだと、アキラには確信できた。
そうでなければ、ヒカルがこれほど取り乱しなどしない。
ネット碁にたった一局saiが現れただけで気をとられ、危うく北斗杯予選で落選しそうになるのだ。
ヒカルの心中でネットのsaiが、どれだけ大きく占めるのか、安易に伺い知れる。
「なんや進藤のやつ、新しいスポンサーさんと知り合いやったんか」
何も知らず、能天気に聞こえる社の呟きに、半ば八つ当たり同然にアキラが噛み付く。
「知り合い、どころじゃないッ!!」
声を押し殺しながらも、込上げる怒りのまま乱暴に言い捨てたアキラに、社がビクリと驚いてしまう。
まさかsai本人が、こうも堂々と自分たちの目の前に現れると誰が予想できただろう。
あれほどネットの中に隠れ続け、正体をヒカル以外の誰にも知られることのなかったsaiが、北斗杯の新しいスポンサーとして名乗りを上げてきた。
つい先日ネットに現れた事といい、こうして姿を現したことといい、何を企んでいるのかと疑わずにはいられない。しばらくしてヒカルがようやく落ち着き始めた頃合を見計らい、成り行きを見守っていた渡辺が
「進藤君は藤原さんと知り合いだったのかな?」
「え、あっ、その、知り合いって、いうか」
涙の跡を袖で拭いながら、ヒカルはどう答えたらいいのか、しどろもどろに戸惑っていると、それに答えたのは佐為だった。
「とても親しい友人です。しばらく離れていて会うことが出来なかったので、連絡もなくいきなり私が現れて、ヒカルも驚いたのでしょう」
ですよね、と賛同を求めてきた佐為にヒカルはつられるようにして頷く。
「そうだったのですか」
「藤原佐為と申します。今度の北斗杯ではよろしくお願いします」
「棋士の渡辺です。こちらこそよろしくお願いします」
渡辺と佐為が大人の対応で、和やかに挨拶を交わす。
その様子を睨みつけていたのはアキラだ。
一見して親しい友人と感動の再会の場面に見えるそれも、アキラから見れば茶番にしか見えない。
「北斗杯で出場することになりました塔矢アキラです」
渡辺から紹介される前に、自ら前に出てアキラは自己紹介を述べる。
「塔矢アキラプロですね。お名前は聞き及んでおります。日本の若手棋士ナンバーワンのホープなのだとか。大会では是非頑張ってください」
「失礼ですが、手を見せていただいてよろしいでしょうか?」
「オイっ!塔矢?」
突然何を言い出すのかと社が口を挟んだが、
「手ですか?構いませんよ。どうぞ」
アキラのやぶからぼうな言い出しにも、佐為は快くアキラの方へ手を差し出す。
了承をもらったアキラはその手をとり、佐為の指先を確認する。ヒカルと初めて会った頃、ヒカルの指先を確認した時とおなじように。
しかし碁石をはさむときにどうしてもなってしまう爪の磨り減りやタコなどの、碁打ちならば必ず見られる痕跡が佐為の指には全く全く見当たらない。
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