俺もツクヨミも、きっと臆病者
イザナギがこの地を去ってさらに五年。今度はアマテラスが天界に戻って行った。イザナギ同様多数の人間に惜しまれていたが、それは彼女なりの人徳があったためだろう。俺が見た彼女は自由奔放だったが、それでも誰からも好かれていたと思う。
最後は、俺の尻尾を千切れんばかりにもふってから、名残惜しそうに去って行った。数本ばかり毛を抜かれていったが、最後だと思えばお安いことだ。…別にさっさと行って欲しかったというわけではない。俺も彼女を好いていた一人だったのだから。
さて、アマテラスがいなくなったことで都市の情勢は大きく変わった。もともと水面下でくすぶっていた事が表面化しただけのことだ。
『技術部』の現トップはアマテラスに代わってオモイカネ。彼女がそうなることは決まっていたことであるし、そもそも彼女自身は街の流れに関してはそれほど興味はないらしい。『技術部』はあくまで技術畑の運営する勢力だ、少なからず行政権を持っていようと使う気がなければ意味はない。『技術部』の立場は『行政部』『軍事部』の中立といったところか。
しかし、『軍事部』は違う。『軍事部』のトップ、スサノオと『行政部』のツクヨミは、ツクヨミのでしゃばりを発端として、静かではあるが幾度か衝突していた。アマテラスがいたからこそバランスが崩れることはなかったが、そのアマテラスももういない。
場合によっては本格的な抗争にまで発展しただろうが、スサノオ自身はその展開を望んではいなかった。そして、結局ぎりぎりで均衡を保っていた三貴子の二人は、スサノオとツクヨミが互いに完全に愛想を尽かす形で、崩れる過程もなく完膚なきまでに崩壊した。
スサノオの都市からの追放。ツクヨミが裏から動いたこともあるが、スサノオ自身もこのままツクヨミのいる都市に留まるつもりは微塵も無かった。『軍事部』のトップはタケミカヅチに受け継がれ、スサノオは一人都市を去る。
「姉さんももういませんし、この都市にいつまでも居るつもりはありません。それにあれが近くにいることは、私にはとても耐え難いものなのです」
「以前から都市を出て一人旅をしてみたいと思って居ましたし、後悔はしていません。無責任かもしれませんが、それでも私は私がしたいこともやっておきたいのです」
そう言って、スサノオは黒い装束を纏い大剣を背負い行ってしまった。
イザナギもアマテラスも、彼女の行動を責めることはないだろう。幼いときから真面目に仕事に打ち込んできたスサノオが、ようやく自分のしたい何かを始めたというのだから、むしろ喜んでいるかもしれない。天界に行ってしまったので、実際どうなのかは預かり知らないが、あの自由奔放な二人ならきっとそうだ。
さて、スサノオの後任のタケミカヅチは良くも悪くも、軍人というより武人気質なところがあった。ツクヨミに大きく反発する事こそないが、しかし曲がっていると思えるようなことは絶対にしない。ツクヨミからしてみれば、スサノオよりはマシだろうがそれでも扱いにくい相手だろう。そんなタケミカヅチは、前線で戦う者でありながら妖怪に対して、これまた種族間の隔意しか持っていない。そういうところは、とてもマガラゴに似ていた。
タケミカヅチもマガラゴももう幾度もなくぶつかっていたが、そこに相手に対する負の感情は微塵もなかった。ただただ、自分の帰属するもののために剣と爪を交え、互いの根が尽きるまで自身の全てをぶつけあう。
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