ハーメルン
Abnormal smallness cannot wither the white camellia.
Abnormal smallness cannot wither the white camellia.
「先輩、突然すいませんが私と併走していただけませんか?」
複数のチームで行う合同練習で、とある別チームの先輩へと声を掛ける。先輩は少し考えを巡らせた後、返事を返した。
「貴方は1年生?」
「はい!」
「そしたらあっちのウッドチップコースで走りましょう。それでいい?」
「大丈夫です!」
あっさりと了承してくれたメロディーレーン先輩と一緒に小走りでコースへ向かう。決して背が高い方では無い自分よりも一回り以上小さい背中を追いながら、数年前のことを思い起こす。
その日は大好きな姉の出走したレースがあった。調子の良かった姉は見事なレースで勝利し、視線は彼女へ向かうはずだった。だが視線は姉よりも、負けたひとりのウマ娘に向かっていた。あんなに小さくても頑張ってて偉い、次こそ勝てる。SNSにはそのような言葉が溢れかえり、姉への賞賛はそれに比べたら小さなものだった。どうして皆そっちを向くのだろう。姉は立派に勝ったのに。そんな思いが頭に思い浮かぶ。
その後数戦し、これからというタイミングで怪我で引退したことで、その思いは益々膨れ上がった。その子がハンデを背負って頑張っていることはよくわかる。だがそれは姉への賞賛を横取りするに値するほどのものなのか。みんな甘すぎるんじゃないか。寮から戻り、再び家で一緒に過ごすことになった姉にそのことを言い出せずにいた私の中で八つ当たりのようなその思いは消えることなく頭の片隅に残り、そして今に至る。
その後トレセン学園に入学し、その娘を見かける機会があった。その頃は重賞で掲示板に入り、実力もあると話題になり、ウマスタに万単位のフォロワーが集まっていた。だが練習の動きはそれ程良いものでは無く、私でも勝てるんじゃないかと思うものだった。そしてその彼女の元に駆け寄ってきたトレーナーらしき人がちょっと引くくらい過保護になっている様子を見て、形容しがたい思いは益々増す。その瞬間彼女は思いついた。併走で私が彼女に先着すれば、皆の前で化けの皮を剥せるんじゃないかということを。
そして話は今に戻る。スタートの目印のハロン棒に近寄って、軽く足首や膝のストレッチをする。先輩は軽く数回ジャンプしたあと、スイッチを入れるかのように首を縦に大きく振った。はらりと舞う長い髪に思わずみとれてしまい、慌てて頬を軽く叩き気合いを入れ直す。
「準備は出来た?」
「出来ました!」
「じゃあ始めましょう。」
コースの内側でストップウォッチを持ってる計測係の先輩に一礼をし、向き直す。併走が始まった。
悪くないスタートが切れたものの、先輩に前へ行かれる。100mほど走り、先輩の左後ろを取る形になった。ウッドチップを踏みしめる脚の動きはスムーズで良い調子だ。コーナーに差し掛かり、身体がぐんっと外側に膨れる。強烈なGに抗い、斜めに体を傾け姿勢を安定させる。無駄のないコーナリングでコンパクトに回った先輩を今度は左に見る形になった。再び直線に入る。
姿勢を低くし、加速の体勢に入る。肺が軋む音がするが構わず進む。勢いのまま加速し、先輩の前へ飛び出た。耳にぶつかる風の音が心地よく聞こえる。そしてそのまま内に切れ込む。実戦を前提にしていない併走でやるべきではなく、下手をすれば追突されかねない危険な動きだが構わない。私は倒しに来たのだ。
そして二度目のコーナーに入り、今度は少しスピードを落とした。これなら曲がれる。そう思ったのもつかの間、外から回ってきた先輩に追いつかれる。速度を落とさずコーナーを曲がってきた分で直線のアドバンテージを帳消しにされる。だが残りはもう直線しかない。ならば脚の長さの分私が早いはずだ。軋みの増した肺、想像以上のハイペースで悲鳴を上げかける脚を気遣いながら、上手く息を吸い込めず朦朧とする脳で考える。
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