ハーメルン
翼(セッツァー過去話、ロク&セツ)

 レイチェルとの永遠の別れ。

 弱い男ならば、三日三晩泣いても晴れない程に辛かったはずの現実を経験したと言うのに、今はすっかり立ち直って、ロックは楽しそうにファルコン号を布巾で拭いていた。

 ロックが拭き終えた箇所は、セッツァーも忘れていた程に、美しい輝きを取り戻していった。
 今は、船内の窓を一生懸命拭いてくれている。

「…おい、お前この船に乗ってから、毎日拭いてやがんな…そんなに楽しいのかよ?」
 新たな持ち主となったセッツァーも唖然とする程、ロックはそれだけ船に乗る度に時間を掛けて、ファルコン号を拭いていた。

「んーそだな、楽しいよ。俺、この船気に入っちまってさ!」
 拭いたまま顔をこちらに向けようともせず、ロックは鼻歌を歌いながらファルコン号の目立つ汚れを拭き取る。

「それと、気に入っただけじゃないんだよねー。なんと言うか、この船の前の持ち主って相当の愛情を注いでて、いつもしっかりメンテナンスも欠かせてなかった気がするし…それ以上のものも感じるんだ」
 なんでわかるのか。
セッツァーは、咥えていた煙草を一瞬落としそうになった。

 …ロックって、霊感でもあるのか?うすら寒いぜ…。

「前の持ち主…ダリルだっけ?どんな奴だったの?やっぱセッツァーみてぇに、ワイルドで恰好良いの?」
 容姿褒めをされ、セッツァーは柄にもなく照れのような気持ちを覚えた。

「んー女だてらにまあまあ二枚目な奴だったな。ま、この世じゃ俺の次くらいかね」
「へーっ!んじゃ、ますます恰好良かったんだろうな!会ってみたいなー、あの世でどんな顔して、この船が飛ぶところ見てるんだろ」
 今まで船内で適当に腰をかけていたセッツァーは、思わず立ってしまった。

「…おい、縁起でもないこと言うなよ。死に急いでる奴みてぇじゃねえか」
「あれー?セッツァーって知らなかったのかよ。いい男ってのは死なねーもんなんだぜ?」
 イタズラっぽく笑うロックの表情には、不思議な説得力があった。
 そう言われたら…こいつ、死ななそうだな。
セッツァーは少しだけ吹き出し、安心感を抱いて、その場に座った。

「…セッツァー、ちょっと俺にも昔の話をしてみてくれよ。お礼はこの船の洗浄だ」
 窓は、ガラスがあるとは思えない程の磨きが掛かっていた。
「…フッ、拭い代で話をさせるだなんて、釣りが出ちまうな。ま、じゃテキトーに話してやるよ」

 セッツァーは人懐っこいだけでなく、平和だったあの日の、懐かしい匂いを漂わせているロックが、なんとなく気に入っていた。
 
 そして、ファルコン号の「昔の持ち主」の話を紡いだ。





 ダリル。

かつて、今は既に崩壊してしまった相棒のブラックジャック号と競う、ファルコン号の所持者だった女。

 男と女と聞けば、すぐに人は色恋沙汰を頭に浮かべそうであるが、自分達には、そんな感情は一切無かった。
 不思議でもなんでもない。ただ、純粋に「速さを競う好敵手」。

 出会った時期は思い出せないが、友となるのに一時間、親友となるのに一日と掛からなかった。
 初対面の記憶は時を重ねるにつれ、薄れていったが、確か彼女の背丈は、自分と大して変わらなかった気がした。


[1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/3

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析