第九話 「姉妹」
――――暗闇。
何も見えない、黒の世界。昼なのか、夜なのか。起きているのか、寝ているのかも分からない。
だがようやく気づく。これが夢だと。何故なら、感覚がない。自分の意志で身体が動かない。まるでカメラで誰かの視点を視ているようだ。誰か、ではない。自分の姿を、自分で視ている。人形を操るように、他人事のように視ている、自分。
人形の自分の意識が、伝わってくる。ここがどこなのか。一度だけ踏み入れたことがある場所であり、彼女と初めて出会った場所。
自分と彼女は今、そこに閉じ込められている。いや、閉じこもっている。それ以外に、自分達に選択肢はなかった。だが希望はどこにもない。そんなことは、自分が誰よりも分かってる。知っている。だからこれはいつものこと。変わることのない、死の螺旋。
もう、全てがどうでもよかった。探し求めていた自分が、ようやく見つかった。
自分の正体が、ただの代替であり、帳尻合わせでしかないという、笑い話。何の意味もない、ただの無意味な空の容れ物。
だからもう、いい。いいはずなのに、彼女はいつもと変わらぬ声で話しかけてくる。目の前に死が迫っているのに、いつもと変わらぬ姿で。
「――――わたし、あなたにフクシュウするために八年間、生きてきたんです」
彼女は独白する。告白する。何の感情も感じられない声色で。彼女は自分への呪いを口にする。
まるで犯人が自供するように、聞いてもいないのに、彼女は全てを明かす。
壊れかけている人形の、哀れな末路。どっちが人形で、どっちが人間だったのか。そもそも、始まりは何だったのか。
分かるのはただ一つだけ。自分はきっと、この時の光景を忘れはしない。摩耗し、自分が誰か分からなくなっても。
地獄に落ちようとも、鮮明に思い出すことができるだろう――――
「…………ん」
ゆっくりと、意識が戻ってくる。血が巡り、身体が覚醒する。だが身体とは対照的に、まだ頭ははっきりしない。いつも通りのことだが、ふと気づく。そういえば、ここのところは毎日夢を見ているはずなのに、その夢が何であったのか覚えていない。夢なんて、そんな物なのかもしれないが。
(……何だ、俺、泣いてるのか……?)
ゆっくり身体を起こしながら、自分が泣いていることに気づく。もっとも涙は頬を伝うことなく、マスクを濡らしているだけ。知らず、あくびでもしてしまったのだろうか。何にせよ、早く起きなければ。今日も遅れてしまえば遠野秋葉に、正確には琥珀に何を言われるか――――
「――――おはようございます、志貴さま」
考える前に、自分の思考は止まってしまった。
「え?」
ただ呆然とするしかない。その声は間違いなく琥珀の物だ。しかし、決定的に何かが違う。当たり前だ。理由は分からないが、間違いなく今、自分の目の前にいるのは琥珀ではない。
「翡翠……?」
「はい。お目覚めですか、志貴さま?」
翡翠だった。間違いなく、翡翠だった。だからこそ意味が分からない。何でこんなところに翡翠がいるのか。もしかしてまだ自分は夢の中にいるのか。
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