第十三話 『遠野志貴』
ただ、その蒼い瞳に魅入られる。まるで見えない何かを見据えているような眼。同時に得もしれない悪寒が走る。わたしはただ、彼を前にして何もできなかった――――
それはもはや反射だった。わたしが都古ちゃんのことを伝えた瞬間、彼はベッドから跳ね起きた。静から動。スイッチが入ったロボットのように突然動き出す。
「志貴さんっ!? どうされたんですか!?」
そんな彼の様子に驚きながら近づこうとするも叶わない。いや、近づくことができない。彼は何も言葉を発していない。なのに、その全てが物語っていた。今、彼にはわたしが見えていない。気づいていない。何か、違うものを見ているのだと。
「――――」
無言のまま、それでもどこか鬼気迫る表情で彼は何かを探している。普段、決して晒すことのない眼を晒しながら。そんな彼をただ見ていることしかできない。理解できない奇行。一体何を探しているというのか。それが都古ちゃんのことと何の関係があるというのか。そもそも彼の部屋には探すほど物はない。私物はほとんどない。
「志貴さん……何を」
探しているんですか、と口にする間もなく彼は無造作に自らの学生鞄を手に取る。同時にその中をあさり始める。まるで盗みをするかのように。自分の物なのに、全くそこには愛着がない。ただ邪魔な物、いらない物を判別するように中にある物が投げ捨てられていく。
筆箱が、ノートが、教科書が。学生である彼が使っていたであろう私物。その全てを破棄していく。それでも彼は止まらない。まだ、見つからないと。彼が探しているものが見つからない、と。
だがふと、彼の動きが止まってしまう。今まで機械的に、無造作に動いていた彼の動きが、ぴたりと止まる。同時にわたしもそんな彼につられるように視線を向けてしまう。彼の手の中。そこには
いつかの、白いリボンがあった――――
瞬間、思わず息を飲む。言葉が、見つからない。でも、間違いない。忘れるわけが、ない。だってそれはわたしがあの時、彼に渡した約束なのだから。
得もしれない感情が全てを支配する。今、自分がどんな顔をしているのか分からない。ただきっと、笑みを浮かべていないことだけは確かだった。本当なら嬉しいはず。彼がそれをまだ持っていてくれたことが。例え覚えていなくても、彼がそれを持っていてくれたことだけなのに、それが例えようもなく嬉しい。なのに、何故こんなにも――――
思考を止めていたのはどのくらいだったのか。だがふと、気づく。わたしと同様に、いやそれ以上にリボンに見入っている彼の姿。でもそこには何の感情もなかった。瞳は確かにリボンを捉えている。なのに、彼はそれを見ていない。ここではないどこかに、想いを馳せるかのように。
「――――志貴さん?」
ようやくできたのは彼の名を呼ぶことだけ。本当の彼の名前ではないであろう記号。それが合図になったのか。
「――――違う」
ぽつりと、聞きとれないような声とともに彼は掌からリボンを落とした。
「……え?」
そんな声を上げるしかなかった。わたしは、目の前で何が起こっているのか分からない。ただ分かるのはリボンが彼の探していた物ではなかったということだけ。ただそれだけ。なのに、それだけではない意味が、彼の行動にはある気がした。決定的な何かが、壊れようとしている。その淵に、彼がいる。例えようのない不安。
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