ハーメルン
月姫転生 【完結】
第七話 「代価」

―――いつからだろう。目を開けなくなったのは。


――――いつからだろう。耳を塞いだのは。


――――いつからだろう。言葉を発さなくなったのは。



まるでそう、いつか目覚めたばかりの頃のよう。全てに絶望し、死に触れることで生きることすら痛かった。


ただ痛かった。体が、心が。繰り返して行くうちに、自分が無くなっていく。削れていく。摩耗し、擦り切れて行く。何のためにここにいて、何のために生きているのか。どうして、死ぬことができないのか。


自分に、自分が殺されていく。もう、自分がどれであったのかも分からない。ただそれでも――――



『……イタイ、の?』


それだけは、覚えている。もう名前すら思い出せない、誰かの言葉。忘れてはいけない、大切な名前だったはずなのに。


『……わたしも、イタイの』


彼女の痛み。それと比べることはできない。でも、やっとその言葉の意味が、理解できた気がした。


『だから、自分が人形だと思うの。そうすれば、イタくなくなるから』


今なら、あの時の言葉の意味が、分かる。そうだ。そうしなければ、耐えられない。人間のままでは、耐えられない。生き延びられない。なら、人形になるしかない。


認めた瞬間、痛みが無くなって行く。消え去っていく。


体は脈打つのを止め。

血管は一本ずつチューブになって。

血液は蒸気のように消え去って。

心臓もなにもかも、形だけの細工に、なる。

人間の振りをしていた自分が、元に戻って行く。

意味を持たない、空の容れ物。



――――ああ、そうか。


結局、あの時、間違えていたのは自分で、正しかったのは彼女だったのか。


理解しながらも、何故か悲しかった。彼女の言葉を認めることは、彼女との約束を破ることなのだから。


でも、構わない。彼女を――――できるなら、構わない。


さあ、始めよう。ただ糸に操られる人形の、最後の舞台を――――





「ん……」


ゆっくりと意識が戻ってくる。もう飽きるほど繰り返した目覚めの瞬間。だが珍しく都古の声は聞こえてこない。酷い時には実力行使をしてくるのだが、どうやら今日は襲撃がある前に自分で目覚めることができたようだ。


「ふぅ……」


溜息を吐きながら、すぐに起き上がることなくそのまま顔に手を当てたまま天井を見上げる。正確には天井があるであろう場所を。アイマスクをしている自分には暗闇しか見えないのだから。そのまま体に血が巡って行くのを確かめながら、思い出す。何か夢を見ていたような気がするのに、それが何だったのか思い出せない。ここのところ、夢を見る頻度が増えている気がする。同時にあの原因不明の頭痛。どちらかと言えば頭痛の方が問題だ。あまりにひどくなれば生活に支障が出かねない。目が見えないだけでも十分すぎるにも関わらず、これ以上厄介事は御免だと辟易しながらも起き上がろうとした瞬間、


「……?」


違和感があった。手から伝わってくる感触が、自分が横になっていたはずのベッドの感触が異なる。それだけではない。部屋の空気も違う。明らかに室温も、臭いも、その全てが自分の部屋ではない。まだ自分はもしかして夢の中にいるのではと疑うもそれはドアをノックする音によってかき消される。返事をする間もなく

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