ハーメルン
天国には理想郷がありまして
天国の存在確率

――ピー
 
 最後に見た光景は、一直線を示す心電図。無機質な部屋で、静かに一人佇む私。気がつけば、上も下も右も左も、ずっとずっと続く先も、まっしろな世界にふわりと浮んでいた。何が起きたか考える間もなく、再び重力を得た私は落ちていった。

 手足を動かす。冷たい水の感覚と、ざらっとした砂の感触。そんな、感じる筈のない感覚に目を開けると、水の中で揺らめく、サビつきひしゃげた青い清涼飲料水の缶が見えた。
 手と膝をついて体を起こし、頭を上げる。
 空には飛行船。古臭い、教科書でしかみたことのない街並み。土手の上には着物で行き交う人々と、異形の生物。
 
『銀魂』
 
 一瞬(かす)めた考えを否定しようにも、じゃあ何だっていうのだといえば、銀魂としか答えようがなく、目を閉じて「夢だ」を十回繰り返し再び開けてみても、やっぱりそれ等は変わることなくそこにあった。 
 常に感じていた息苦しさとダルさが消えていて、体がやけに軽く感じられる。そういえば長らく入院着だったから、普通の服を着るのは久しぶりだなぁと思った。
 
「どーしますかね」
 
 脳天気を装って呟くが、事態が好転する兆しはない。水を滴らせながら、体育座りで川べりに座り直す。飛行船の轟音と、チャプチャプとした水音。背後から聞える喧騒の様な、生々しい生活音。 
 何が起こったのか? 記憶は、病院のベッドの中で、今週のジャンプまだ読んでないやと思いながら目を閉じた所で途切れている。その後に続く不思議体験。
 私、死んじゃった? ここは天国? ある意味天国だけど、こんな天国認めたくはない。嫌過ぎるよね、こんな川辺にゴミが落ちている様な天国。現実に疲れたおっさんが自殺してここに辿り着いたら、きっともう一回自殺するんじゃない?
 でも、もしさ、ここが銀魂だったらちょっとだけ見てみたいなぁ、まるで駄目なおっさんでもいいからさ。ほら、私、銀魂好きだしね。で、ちょこっとお邪魔して帰ってさ、何か面白い夢みたよーってそんな感じで終わればいいのになぁ。
 
 そんな事を考えていたら、少しだけ乾き始めた体が、生臭い匂いを漂わせ始めた。それに、切り離した筈の現実を否応なく認識させられ、引き戻される。
 既になくなった様な気がする幸せを、ため息と共に逃がし、能力とか力とか言っちゃうと中二臭くて死にたくなるけど、そう呼ぶしかないものを使って、体の水分と汚れを取り去る。
 水蒸気がフワッと立ち上り、服に染み付いた泥がスポイトで吸い取られる様にスルスルと何処かへ消えていった。
 
 ややこしい詠唱も、魔法陣も、ついでに言えばMP消費なんて不便なシステムもいらない。
 世界を超え、気がつけば使えるようになっていたソレは、多分何でもできる――――魔法の力。



 こざっぱりした所で立ち上がる。
 きっとこれ以上ここに居ても何も変わらない。
 残念な事に太陽は真上に位置し、活動限界を迎えるにはまだ早い。これが夕方や夜であれば、明日にしようなんて言い訳もついたのになぁーなんて思いつつ、もう一度幸せを吐き出し、気分を変えるために背伸びを――。
 
「オイそこのお前!」

 ――しかけた所で黒ずくめの男に声を掛けられた。黒ずくめと言ってもお酒の名前がついた奴等ではなくむしろ逆……。

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