時臣は苦労性
じとり、床に付く手に、大きな汗の粒が浮く。それは疲労のためでもあり、魔力消費のためでもあり、そしてなにより――緊張のためであった。
頼む――万感の思いを、魔力に乗せる。開いた魔術回路から、感情ごと魔力が流れていき、それが手元にある魔方陣に染み渡った。もはや、高望みはしない。頼む、それだけを念じ続けて、最後の一節を唱える。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
魔方陣が、強く赤い光を発っした。熱すら帯びそうなそれは、ぶわりと待って工房内に満ちる。これだけの魔力であっても、ただの呼び水でしかない。それは『一度目』の召喚の時に、よく知っているのだ。発光は臨界点を超え、そして――
それ以降、術式は肥大化することは無く、静かに幕を下ろしていく。後に残ったのは、薄暗い魔術工房と、膝を折った時臣だけだった。
「……やはり、だめだったか」
可能性は低いと、最初から予測していた。しかし、期待をしていたのも事実なのだ。実際に試してみて、失敗を目の当たりにすれば、落胆は大きい。
遠坂時臣は、アーチャーに逃げられた翌日、次のサーヴァント召喚儀式に挑む。しかし、結果は見ての通りの、大失敗であった。マスター一人に一体のサーヴァント、この原則は、たとえサーヴァントを失っても適応されるらしい。
魔力は十全とはほど遠く、媒介すら無い状態での無差別召喚。ありったけの魔力を注ぎ込んでの挑戦は、むやみに魔力を失っただけ。キャスターでもいい、どれほど弱くともいい。聖杯戦争に参加する資格さえ得られれば、それだけでよかったのに。
これで、最後の手段に頼らざるをえなくなった。
言峰綺礼から、令呪を一画移植されての、サーヴァントの共有。つまり、合計四画の令呪で、サーヴァントに多重契約をさせるのだ。これは、自信を分割できる能力のあるアサシンだったからこそ出来る荒技だ。
当然、こんな真似をして問題がない訳が無い。命令系統に異常が起きる、意思の統一に影響が出る、最悪の場合はアサシン内で意見が割れる。あり得そうな可能性は、いくらでも考えつく。本当に、無理矢理参加資格を得る、それ以外にメリットのない行為なのだ。どこかに、マスターを失ったサーヴァントがいればいいのだが。それもやはり、過度な期待はできない。
「綺礼か……いや、変わらなくていい。やはり、召喚は成功しなかったとだけ伝えてくれ。移植と令呪の調整は明日にする」
必要事項だけを手早く伝えて、連絡を切った。常に余裕を持って優雅たれを家訓としていても、さすがに長々と話して入れる精神状態では無かった。
倒れ込むように、備え付けの椅子に座る。肘掛けに手を置き、頭を乗せれば。その場で眠ってしまいそうな程に、精神的な疲れが襲ってくる。彼から余裕を奪っているのは、サーヴァントについてだけではなかった。
「……桜」
口から自然と、養子に出した娘の名前が漏れる。
早々にサーヴァントを失い自失する時臣に、次の悪い知らせが届いたのはすぐだった。なんと、サーヴァントによる間桐邸の襲撃と崩壊、そして間桐桜の拉致。聞いた瞬間、足下から何かが崩れていくのを確かに感じた。
教会が事後処理に忙殺される中、独自に間桐と連絡を取る。そこで、襲撃したのが自分から逃げたサーヴァントである事。間桐臓硯は無事だが、手ひどいダメージを受けた事。そして、サーヴァントの目的は桜であった事を知った。聖杯戦争中の出来事であるため、間桐からも追求の声は上がらなかったが。サーヴァントを御せなかったという、汚名を被ったのは変わらない。
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