どう考えても、戸塚彩加は天使である
「ヒッキー先輩さ、運動って得意?」
「得意ではないな。自分から率先して運動しようと思ったこともない」
「インドアそうですもんねー、八幡先輩」
からかうような口調の姫菜を軽く睨むと、彼女はささっと雪乃の影に隠れた。代わりに視線を受けることになった雪乃は、威圧するかのように睨み返してくる。ガンつけられたから睨み返すチンピラのような反射であるが、睨みつけるという仕草一つでも、雪乃がやるとどこか美しくさえあった。並の高校生ならばその場に竦みあがっていただろうが、陽乃の威圧感に比べればそよ風のようなものである。
「で、どうしてまた運動だよ。海老名の言う通り、俺はインドア派だぞ」
拗ねてるー、と軽くはしゃいでいる姫菜に今度はデコピンを入れ、結衣に向き直る。少し前には依頼者だった結衣も、今では奉仕部の一員に収まっている。
「や、うちのクラスにね? さいちゃんっていうすっごくかわいい子がいるんだけどさ、その子がテニス部なんだ。でも、さいちゃん以外幽霊部員で、全然練習できないんだって」
「ほー、そりゃ大変だな」
答える八幡の口調は、完全に他人事のそれだった。姫菜に分析された通り、インドア派の八幡はそもそも運動部には全く縁がない。それどころか、全くと言って良いほど良い印象を持っていなかった。体育会系のノリというのが、どうしても肌に合わないのだ。リア充とはまた別の暑苦しさが、どうしても好きになれないのである。
せめてもう少し食いついてくれると思っていた結衣は、肩透かしを食らった気分だった。彼女にとってはこれが、入部して初めての依頼である。しかも友達からの依頼であるから張り切っていたのに、部の仲間達は皆消極的に見えた。特に八幡のヤル気のなさは際立っている。思わず声を荒げるのも、彼女の性格を考えると当然と言えた。
「ヒッキー先輩、食いつき悪いよ!」
「運動部は俺の敵だ。係わり合いになりたくない」
「そんなこと言わないでさ。さいちゃん、正式な依頼をしたいんだって。私達に練習相手になってほしいみたい。一応、個人では大会に出れるけど、このままじゃ練習も何もできないからって」
「テニスの練習相手になれって由比ヶ浜、お前テニスできるのか?」
「できないけど……経験者じゃなくても、練習に付き合うだけで良いんだって。それなら全然テニスできない私でも手伝えるし」
「その『さいちゃん』さん一人が強くなっても、解決する問題には見えないのだけれど。依頼は練習の手伝いということで良いのよね?」
「そうみたいだけど、他に良い方法があるの? ゆきのん」
「私達が今回協力したとしても、それが終わったら部員一人に逆戻りでしょう。それなら部員の勧誘でもした方が早いのではなくて?」
「毎回手伝う訳にはいかないしねぇ」
「いや、勧誘は難しいと思うぞ」
間髪入れずに否定をした八幡に、雪乃が目を向ける。それなりに自信を持って出した案が、一瞬で否定されたのだ。意外に気の短い雪乃にとって、それは耐え難いことだった。苛立つ内心を顔に出さないように苦心しながら、雪乃は静かに八幡に問うた。
「どういうことなのかしら、比企谷くん」
「俺が入学した前後の話だ。テニス部員が不祥事を起こして、公式大会に出られなくなった。元から真面目にやってる奴は少なかったらしいんだが、それを切っ掛けにゼロになってな。その後も素行の悪さばかりが目立って、一時は廃部寸前まで行った」
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