珍しく、比企谷八幡は自分で策を練る
八幡にしては珍しく気合を入れて望んだ月曜日。ジャージに着替え自前のラケットを持ち、雪乃、姫菜と一緒にやってきたテニスコートは、思っていた以上に綺麗に整備されていた。彩加以外に部活に顔を出している人間はいないというのが事実であるなら、当然、この整備をしているのも彩加一人ということになる。
新しい部員はいつやってくるか解らないし、最悪来ないかもしれない。練習も満足にできない環境で一人黙々とコートやボールの清掃整備を続けられる気持ちの強さは見上げたものだと心の底から思う八幡だったが、部活でスポーツに打ち込んだことなどない彼は彩加の行動に尊敬の念を覚えると同時に引いていた。
自分とは明らかに人間が違う。八幡の隣にはジャージに着替えた姫菜がいたが、彼女もコートを見た瞬間、『うわー……』という声を挙げた。姫菜ももう少し寂れた風景を想像していたのだろう。それが思っていた以上に綺麗だったものだから、八幡と同じ感想を抱いたのだ。
顔を見合わせた八幡と姫菜は、隣にいる人間が自分と同じ感想を抱いたことにそっと安堵の溜息を漏らした。普通とは違う感性をしていると自覚していて、それを受け入れていても、たまにはマイノリティになるのが怖いこともあるのだ。
そんな中、見た目と性格に反して内面は意外にも熱血系だったらしい雪乃は、きちんと整備されたコートを見て、満足そうに頷いた。
「一人しかいないのに、ちゃんと整備しているのね」
「筋トレにもなるかなって。テニスの整備や清掃って、結構重労働だから」
えへへ、と笑う彩加は天使のように愛らしかったが、テニスの腕はともかくとして、それほど筋肉がついているようには見えなかった。女性のスタイルと一緒で着やせする、ということもありえない話ではないものの、ジャージを脱いだ彩加が細マッチョだったら、それはそれで残念に思う。
「私は実は細マッチョに一票入れたいですねー」
「やめてくれよ誰得だよ」
「もちろん私と八幡先輩にですが? 想像だにしなかった美少女のような美少年の力強さに、恐怖と共に興奮を覚えたりしません?」
「今お前の発想と視線に恐怖を覚えてるよ」
「そのうちその恐怖が快感に変わりますよ。そうなったら是非知らせてください」
「ならねーし、なっても教えねーよ」
野球部にサッカー部。沢山部員のいる部活がフェンスの向こうで汗を流し、青春の声を挙げている中、部員一人と部外者三人の練習は始まった。
基本的には雪乃が球を出し、彩加がそれを追い、八幡と姫菜がボールを拾うという役割分担となった。雪乃が球出しを買って出たことに驚いた八幡だったが、前後左右、スパルタンに彩加を動かす様を見て、雪乃の中にあるスポ根魂とドSの精神に火が点いたのだと理解した。
ボールを拾いながら、彩加の動きを観察する。フォームは悪くない。こうあるべしという理想の形に近づけるよう、日々練習をしているのが良く解る。動きもそれなりだ。基礎練習の反復をしている証拠だろう。一人でこれだけできるのだから、まともな練習環境、面倒をみてくれる先輩や指導者、一緒に雑用をやる同級生がいればもっと伸びたに違いないのだが、いかんせん、彩加は一人だった。
それに他にも問題はある。雪乃のボールを受けて五分ほど経つと、彩加の息は上がり始めた。運動部にしては体力が少ない。雑用とラケットを持った基礎練習だけで、走りこみの時間まで取れないのだろう。他のことができていても、最後までそれを実行できるだけの体力がなければ宝の持ち腐れである。
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