ハーメルン
悪徳の都に浸かる
001 悪徳の街に彼らは立った

「いい線は行ってるが、そういうわけでもねえ。まぁ聞け」

 ダッチのボトルから注がれた液体を口に含んでロックは彼の方へと視線を向ける。その際、あまりの度数の高さに驚愕したのは秘密だ。

「先ずはバラライカ。このロアナプラの実質的支配者と言ってもいい。ホテル・モスクワの大幹部だ」
「ホテル・モスクワ……?」
「表向きはブーゲンビリア貿易って名前なんだがな。早い話がロシアンマフィアだよ」
「っ!?」

 マフィアなどというものに当然馴染みのないロックにはバラライカという人物を想像することは出来ないが、ダッチが怒らせるなと言うくらいだ。この街に滞在する僅かな間であっても、決して鉢合わせないようにしようと固く心に誓った。

「次にシスターヨランダ」
「シスター?」

 先程までマフィアが中心だった話で唐突に出てきたそのワードに、ロックは首を傾げた。
 シスターとは教会に仕える修道女だ。神に仕える身の人間が、この街で怒らせてはいけない人間に分類されていることに違和感を感じる。だがロックの予想とは異なり、この街のシスターという輩はそこいらの神の使いではないらしい。

「暴力教会なんて呼ばれている教会の大シスターだ。この街で唯一武器の販売を許された教会でもある」
「ぶ、武器の販売!?」

 教会がそんなものを取り扱っているなんていう事実に驚きを隠せないロック。ロシアンマフィアの次は危険極まりないシスターたちである。平和の国日本で人生の大半を過ごしてきたロックには想像できない世界だった。
 しかし彼の驚愕は、更に続くことになる。

「後は、そうだな。三合会ってのもあるが……、今言った奴らはまぁこの街の人間なら誰もが知ってる常識さ」

 グラスを呷って、ダッチはそこで言葉を切った。
 おもむろにロックへと顔を向けて、右手の人差し指をピンと立てる。

「一人だ。本当の意味で怒らせちゃいけねぇのはな」

 言葉の意味が分からず、ロックは首を傾げる。
 先程ダッチの口から語られたロシアンマフィアや暴力教会に、一人という単位は当て嵌らない。バラライカやシスターヨランダのことを言っているというのなら一応の筋は通るが、彼の口ぶりからするに彼女たちのことを言っているのではないのだろう。
 今日足を踏み入れたばかりのロックですら、この街が常識はずれな場所であることは理解している。通り過ぎる人間の全てが犯罪者に見えてしまっているくらいだ。
 そんな街で過ごすダッチをして、怒らせてはいけないという人物。ロックは無意識のうちに生唾を飲み込んでいた。

「一人……?」

 戦々恐々としながらのロックの問いかけに、ダッチは小さく頷いた。

「ああ、たった一人だ。この街を牛耳ってるマフィアどもよりも恐ろしいのはな。こいつさえ怒らせなけりゃ、とりあえずはロアナプラで生きていける」

 グラスに残った酒を飲み干して、ダッチは告げた。

「――――ウェイバー。そいつはそう呼ばれてる」







 

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