012 束の間の日常
1.人生意気に感ず
――――とある日の夜。ロアナプラで損壊率ナンバーワンを誇る大衆酒場、イエローフラッグはこれまでにない異様な雰囲気に支配されていた。
いつものようにジョッキやグラスを片手に大声で叫び散らすチンピラも、テーブルの上に置いてある拳銃にすぐ手が伸びてしまう短気な若者も、いつもの騒ぎっぷりが嘘のようになりを潜めてしまっている。
店内に響くのは椅子が動く音とグラスをテーブルに置く音、そして店主のバオが動き回る音だけ。酒場とは思えない静けさに包まれている。
チンピラどもが一様に大人しくしている原因は、カウンター席に並んで座る二人にあった。
どういうわけか十席以上あるカウンター席にはその二人しか座っておらず、近くのテーブル席に着いていた男たちは心なしか顔色が悪い。
カウンターに座っているのはグレーのジャケットを羽織った東洋人と、右目の上から左頬にかけて斜めに走る傷を持つ大男。
ウェイバーとボリス。
この街にある程度住む人間なら知らぬ人間はいない、特一級の危険人物たちである。
そんな二人がどうしてこの酒場に居るのか。いや、百歩譲ってウェイバーだけがいるのならまだ分かる。彼は基本的に酒を飲む際はイエローフラッグかカリビアン・バーだ。この店の常連ともなれば彼が出没するのは知っているし、遭遇してしまった時の心構えも出来ている。
だが彼の横に座る男、ボリスが此処に居るのはどう考えてもおかしい。
彼はホテル・モスクワの幹部、バラライカの側近でありタイ支部の実質ナンバーツーだ。そんな彼がイエローフラッグで酒を飲んでいる所など、街の人間は今まで見たことがない。
これから一体なにが起ころうとしているのか。まさかこんな所で戦争が始まったりしないだろうなと、店内のチンピラたちは気が気でない。
ウェイバーとホテル・モスクワは黄金夜会に名を連ねるメンバーである。故においそれと対立などしないだろうが、古くからロアナプラに住んでいる輩は十年前の大抗争を知っている。街の五分の一を壊滅に追いやったあの戦争を知るからこそ、何が起きるか不安で仕方がないのだ。出来ることなら今すぐにでもこの場から離れたかった。
と、そんな周囲の心配を他所に、当の本人たちは思い思いの酒を手元に話に華を咲かせていた。
「それにしても良かったのか? こんな大衆酒場なんかで」
「私は貴方がよく行くという酒場に行ってみたかったのですよ」
ウェイバーの手元にはウォッカ、ボリスにはスコッチウィスキーが其々置かれている。
「悪かったな、こんな酒場でよ」
「そう睨むなよバオ。常連客の小粋なジョークだ」
「オメエ今度店ぶっ壊したら向こう三年は出禁にすっからな」
修復されて間もないイエローフラッグはまだどこにも銃痕が無い。そのうち多くなっていくだろうが、ウェイバーが関わると一瞬で半壊以上の被害が出るのだからバオからすれば溜まったものじゃない。もうこれ以上は破壊されないようにと、今までカウンター席の壁のみだった防弾仕様が店内の壁全面に施されている。
「まあまあ、今日はそんな話するために来たんじゃねえんだよバオ」
「そりゃバラライカんとこの右腕連れてくるくらいだからな。何だ、まさかここで戦争おっぱじめる気か?」
だったら今すぐ出て行け、と告げるバオに苦笑を浮かべるウェイバー。
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