015 犇めく悪党達は交わる
6
ウェイバーやバラライカがロアナプラを離れ日本へと赴いている頃、悪徳の都の一角。三合会の私有地に建てられたビルのワンフロアにあるプライベートプールの片隅で、バスローブ姿の男がデッキチェアに横になっていた。
張維新。
香港マフィア三合会のタイ支部長である。
彼は横のテーブルに置かれた洒落たカクテルに手を伸ばしながら、今頃は日本に到着したであろう男の顔を思い浮かべる。
ウェイバー、黄金夜会の一角たるロアナプラ筆頭の悪党。その男を日本へ向かうように仕向けたのは、何を隠そう張だった。
元々香砂会は和平会経由で三合会に依頼を出していた。しかし対立先にホテル・モスクワがいることを知った三合会の上層部はこの依頼を受けなかった。尤もな判断だ。何が悲しくて日本などという島国で啀み合わなければいけないのか。
だがこれに待ったをかけたのが香砂会である。
ロアナプラという街がどれほど深い闇を抱えているのか、日本に居ながら多少は聞きかじっている彼らは、敵対者にその悪党がいることに酷く狼狽えていた。故に何としてでも同じ土俵に上がりたい香砂会は、三合会を更に経由してロアナプラ内でホテル・モスクワと渡り合えるだけの戦力を欲したのだ。
その結果白羽の矢が立てられたのがウェイバーだったというわけだ。
当然のことながら、張はこれらの情報をウェイバーには意図的に伏せている。敵対する組織がホテル・モスクワに助力を求めたことも、香砂会がホテル・モスクワ共々粛清しようと考えていることもだ。ウェイバーに伝えてあるのは日本のとある組織の手伝いをして欲しいということだけだ。よくもまぁこれだけの情報で彼も依頼を受けたなと思うが、基本的に彼は頼まれた依頼は断らない。それこそ十年前は近所の猫探しから飲食店のヘルプまで幅広く依頼を受けていたのだ。今更それを言ったところでどうしようもない。
ウェイバーの手綱を握っている、という認識を張はこれっぽっちも持っていない。
実際この程度で彼を制御できるというのであればどれだけ気が楽だっただろう。自身が定めたレールの上を、ウェイバーが完走したことなど一度もない。必ずどこかで脇道に逸れる。その理由は様々だが、大抵は無意味な人助けだ。彼の思考がどこで切り替わっているかは定かでないが、どうもウェイバーにはそういう余計な部分を好む傾向があるらしい。
それでいて最終的には定めたゴールに到着するのだからタチが悪く、結果的に依頼はきちんとこなしてみせるのだ。
思考が読めない。故に彼の行動も読めない。
そんな奴は、香港にだっていなかった。そう張は独りごち、小さく笑う。
ウェイバーを日本へ向かわせたのにはもう一つ理由がある。ホテル・モスクワへの牽制だ。
ここ最近、バラライカはロアナプラで少々事を大きくし過ぎている。ヴェロッキオの時然り、今回の日本での行動然り。黄金夜会の中でどこかが突出するというのは現状好ましくない。だからこその人選だ。
バラライカはウェイバーとの衝突を避けている節がある。その理由をよく知っている張は、無言の圧力という意味でウェイバーを選んだのだ。
恐らくバラライカは直ぐに張の意図に気付くだろう。ウェイバーが敵対している組織の側にいて、且つそれを手引きしたのが三合会となれば、この二つの情報だけで正確にその意味を理解するはずだ。
「困るんだよバラライカ。今ここでお前たちに先を行かれるのは」
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/8
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク