ハーメルン
悪徳の都に浸かる
016 蠢く悪意と良心の狭間で

 13



「銀公。景気はどないや」
「……若頭(カシラ)。何しに来たんで」

 冷え込んだ空気も一時的に和らぐ昼下がり。境内の一角、立ち並ぶ出店の一つの前に坂東の姿があった。
 昔ながらの、という表現が正しいだろうキャラクターのお面が並べられているが、購入するような客は滅多にいないだろうと簡単に予想がつく。実際、今日の売上は僅かに二つだけだ。
 そんな出店の前に座る銀次の隣に、坂東も腰を下ろした。

「そう邪険にすな、我の面ぁ見に来たんや」

 懐から取り出した煙草を咥え、肺に流した煙をゆっくりと吐き出す。

「……今日びのジャリぁよこんなモン()うたりせんよなぁ、ピコピコのほうがええんやろ」
「……そういう時代なんでしょうよ」
「のぉ銀公。何時までこないな商売(シノギ)続けるつもりや」

 視線の先を通っていく参拝客を眺めながら、坂東は問い掛ける。

「テキ屋はこいつが仕事でしょう」
「組ン中じゃ我のシノギは尻から勘定したほうが早いんやぞ。そこンとこわかっとんのかい」

 銀次は坂東と顔を合わせないまま、静かに口を開いた。

「……シャブ売ったり女売ったりするよりは、なんぼかマシじゃぁねェですかい」

 一瞬、坂東の動きが止まる。半分程の長さになった煙草を、地面に落として靴裏で火を消した。

「銀公。儂が好きでこんな商売をやっとる、そう吐かすんかい」
「…………」
組長(オヤジ)が死んでからよ、左前はずっと左前や。上納金(アガリ)も碌に収められんこんな組を残してたんは、組長が香砂んとこの先代と兄弟盃交わしてたからや。それがのうなった今、香砂会にウチの面倒見る義理はあらへん」

 空になった煙草の箱を、くしゃりと握り潰して。

「潰しとォて堪らんのよ。組長不在のまま三年も経っとるちゅうのによ、誰の就任も許さへん。代行人を抑えとるんも、もう限界や」

 銀次は口を挟まない。ただ坂東の話を、微動だにせず聞いている。

「組長に恩義があるンは儂かておんなじや。だからよ、何があっても看板だけは守らなあかん、何があっても(・・・・・・)や」
「何があっても、ですかい」
「そうや。その為にゃなんだってせなアカンやろがィ。売れるモンは何だって売る。そうして初めて立つ瀬があるってもんや」
「……組長は、そうは言ってねえ」

 サングラスの奥で、男の瞳が微かに揺れる。

「銀公、外道に手ェ出すんは極道の恥や言うてたな。けどよ、それも看板あっての話やないか? それがのうなりゃ外道も糞も関係あらへん」

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