ハーメルン
悪徳の都に浸かる
017 TOKYO SHOCK

 18



 鷲峰組の台所に、まな板の上で食材を素早く刻んでいく男の姿があった。
 松崎銀次だ。高市の時のようなロングコートは当然脱いでおり、板前のような格好で台所に立っている。その隣には若頭、坂東の姿もあった。どうやら二人は鍋物を作っているようで、ぐつぐつと煮え立つ出汁の中へ白菜や豆腐、鶏肉なんかを順に投入している。
 そんな中、スーパーの袋を漁る坂東が口を開く。

「……銀公よ。あのロシア人ども、悪党どころか怪物や」
「なんだってあんな連中を引き込みなすったんで、若頭(カシラ)

 鍋の火加減を確かめながら、銀次はそう返す。坂東も視線は前を向いたまま会話を続けた。

「香砂会を黙らすには力が足りん。いくら和平会の決定に反するとは言え、既成事実を作ってしまえば手打ち金やらで片はつく」
「……外の連中は信用ならねえ。よっくわかってた筈でしょうや」

 坂東の決定を、銀次は未だ認めてはいない。
 このまま現状が変わらなければ鷲峰組は香砂会に潰される。そんなことは銀次も良く分かっていた。
 しかしここで反旗を翻せば、雪緒をも危険に巻き込む可能性がある。前組長の娘を、銀次は決してこんな泥沼の世界に引き摺り込みたくは無かった。
 その考えは坂東にも理解できる。しかしここで手を拱いている場合ではなかった。事態は既にそこで悩むような段階では無かったのだ。手段になど拘っていればあっという間に組は崩壊する。それが分かってしまったからこそ、動かざるを得なかった。
 坂東も銀次も、互いの考えは痛いほどに理解していた。 
 ただ、重きを置く視点が違っただけのこと。

「……ほんなら座して死を待つか? 香砂会はワシらが必死で拓いてきた縄張り(シマ)、根こそぎかっ浚うつもりやで」

 組を守ろうとする坂東と、雪緒を守ろうとする銀次。二人が守ろうとするものはどちらも大切で、どちらもたった一つしか存在しない掛け替えのないものだ。
 故に彼らは譲れない。それが結果的に組に反すると知っていながら、それでも尚戦うことを諦めない。

「香砂ンとこの組長就任会。あれでハッキリ分かった。盃はもう、保証にはならへん」
「……若頭、味醂を取っていただけやすか」
「おいよ。……正直参るわなぁ、香砂会を潰したところで上におるのは関東和平会。関八州の任侠組織が結集して作られた連絡会や、逆らう極道はどこにもおれへん」
「香砂会に楯突きゃあいずれはそうなる。分かってたことじゃあねえですかい」

 言われ、坂東は小さく息を吐いた。

「当然や。しかしな、そういうのを気にせん連中もおる。例えばあのロシア人どもや、えらいこっちゃで」

 ホテル・モスクワ。
 ロシアに本拠地を持ち世界各地に支部を持つ巨大マフィア。
 バラライカをこの地へ招いたことは、もしかしたら失敗だったのかもしれない。そう思いはするが、坂東は決して口には出さなかった。口に出してしまえば、もう二度と後戻りはできないような気がしてならなかった。



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「ベニーかい。必要なものは大体買い揃えたよ。他に何か足りないものは?」

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