019 そして四者は動き出す
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「――――成程、そういうことか」
リロイから受け取ったデータをパソコンに取り込んで画面に表示させる。それをしげしげと眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
画面上に表示されているのは現在の香砂会の勢力図と鷲峰組の勢力図。こうして図で見ると改めてその勢力差が分かる。鷲峰組の縄張りなんてものはほぼ無いに等しい。前組長の時の八分の一以下にまで規模が縮小されていた。
比べて香砂会は前組長の弟、香砂政巳が組長となってから縄張りの拡大が著しい。余程勢力拡大に意欲的なのか、傘下の組から半ば横取るようにして規模を広げている。
関東和平会に名を連ねる香砂会である。東京中を支配下に置いて、和平会での発言力を得ようと目論んでいるのだろう。鷲峰組の造反は、向こうにとっても願ったり叶ったりの事態だったに違いない。
こうした情報を知れば知るほど、俺の中で香砂会という組織が胸糞悪い連中の集まりなのだと感じてしまう。
子分に手を出してまでして得る地位に、一体何の意味があるというのだろう。
感情的になるのはらしくもないが、これは些か度が過ぎる。
鷲峰組がバラライカたちと手を組んだのも、元を辿れば香砂政巳が組長就任の妨害を行ったことが発端だ。それさえなければ二つの組織は今ほど関係が拗れることもなく、俺やホテル・モスクワが日本の地を踏みしめることも無かっただろう。無駄な血を流すこともなく、ここまで大きな事態には発展しなかった筈だ。
「おじさん、怖い顔してるわ」
グレイにそう言われ、一旦パソコンの画面から視線を外す。腰掛けていた椅子の背凭れに背中を預けて、小さく息を吐く。
俺は雇われの身の何でも屋だ。報酬を受け取っている以上、依頼はきちんと完遂する。これは俺の仕事をこなす上での信条だ。故に今回、例え個人的には気に入らない香砂会からの依頼であったとしても、自身の感情に左右されて仕事を放棄するようなことは絶対にしない。
鷲峰雪緒は拐う。それは絶対だ。
「ま、でもそれは依頼主が生きていればの話だけどな」
言いながらテーブルの上に置いてあった煙草を手に取り、口に咥えて火を点ける。
香砂会から言い渡された期限は三日。しかし何も期限ギリギリまで引っ張る必要はない。何事も迅速に対応したほうが後の処理が楽になる。
香砂政巳の依頼を反故にはしない。が、依頼主が死んだとなれば話は別だ。バラライカなんかはそんなのお構いなしに動くのだろうが、俺の場合はそうではない。俺を動かす人間が死んだとなれば、いつまでも報酬の出ないタダ働きに付き合う義理はない。つまりはそういうことだ。
ベッドの上ではグレイが仰向けになって枕を抱いている。ここまで彼女にはこれといった仕事をさせてこなかったが、そろそろ出番となりそうだ。そんな俺の視線の意図に気が付いたのか、目の合ったグレイは口元を歪めて嗤う。
「ねえおじさん。私、今度は的当てがしたいわ」
白い枕をぎゅっと抱きしめながらそう言うグレイに、俺も笑って言葉を返す。
「任せろ、とびっきりの場所を用意してやる」
俺は悪党だ。
ならば、どこまでもその身を黒く、暗く染めてゆこう。たとえ行き着く先が、虚無の地獄だとしても。
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