020 彼らは戦地へ赴く
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――――静寂に包まれた冬の夜。ちらつく雪が幻想的な雰囲気を醸し出していた。しかしそれらをかき消すように回る無数の赤色灯が、事態の深刻さを物語っている。忙しなく動き回る警察関係者、現場周辺は完全に遮断され、一般人の立ち入りを固く拒んでいた。
その中心地、香砂会の屋敷は凄惨な殺戮現場と化していた。敷地内へと足を踏み入れ、玄関の扉を開いた警官の目に飛び込んできたのは血の海に沈む大量の構成員たち。そして最奥の私室では、香砂会組長の香砂政巳とそのボディガード、更に若頭である東堂が死に絶えていた。
血痕の凝固具合と死体の状態から、死亡推定時刻は午後九時前後であるとの推測が出された。
しかしその時間帯は周囲に警察官が配備され、鼠一匹の侵入も許さない警戒網が敷かれていたのだ。それをいとも簡単に突破し、警戒中の警官に気づかれずに犯行に及ぶことができる人間など果たして存在するのだろうか。
事件発覚後緊急で召集された検視官は並べられた死体を一人一人確認し、驚愕に目を丸くする。
「銃痕はほぼ一発、額か心臓。そうでない場合は切り口からして刃渡り二十センチほどのナイフで頚動脈を正確に切り裂いている。短時間でこれだけの人数を、これだけの正確さで……? 俄かには信じられない、もしもこれが単独犯だというのなら、人間業ではない」
日本ではまずお目に掛かることなど出来ないであろう、殺人に対して不適当かもしれないが芸術的なまでに無駄のない手口。検視官は言う、どんな連続殺人犯でもここまでの事は成し得ないと。
それを聞いた警察官、石黒という眼鏡を掛けた短髪の男は眉根を寄せた。
これだけ大規模な殺害事件だ。周囲の警戒は万全を期していた。にも関わらず堂々と行われた犯行、しかも犯人の手がかりとなりそうなものは何一つ残されていない。犯行に使用されたであろう銃やナイフも弾痕や切り口から推測するしかなく、凶器の類は一切残されていないのだ。
石黒は真っ先にヤクザ同士の抗争の線を考えたが、だとすれば双方に死傷者が出ているはずだ。現場を見る限り香砂会の人間が一方的に殺されており、関係者以外の死者は確認されていない。
香砂会のみを狙った犯行であることは間違いない。なら、その目的は何なのか。
石黒はキャリア十五年を越えるベテランだ。殺人事件を担当したことも百を越える。これまでの殺人には、良くも悪くも犯人の性格や感情が残されていた。だが目の前の殺人にはそれが一切存在しない。まるで機械が無差別に人間を殺したかのような無機質さ。彼は背筋に冷たいものを感じていた。
違う。この一件はこれまでと同列のものではない。
全国に指名手配されている連続殺人犯、いや国際指名手配されている人間の犯行であることを十分可能性に入れて石黒は捜査を開始する。
ICPOのデータ照合も視野に入れて動き出す警察。そんな厳戒態勢が敷かれた香砂会の屋敷から少し離れた路地裏に、背中まで届く良く手入れされた金髪の男の姿があった。高級なスーツを着たホスト風の青年は、携帯を耳に押し当てながら香砂会の屋敷とは反対方向に向かって歩いている。
「あーうん、そーだよ香砂会全滅。現状見たわけじゃないから多分だけど。あ、俺以外ね。いやマジでやばいってあの子。ちょっと本気でヤりたくなってきた」
携帯の向こう側から笑い声が聞こえてくる。
千尋もそれに合わせるように口角も吊り上げた。
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