048 悪意と殺意と真意
夜明け前のロアナプラ。安宿の一室。
ハードなトレーニングを終え汗だくになったベニーは、額に貼り付いた前髪を掻き分け、彼女が発した言葉に驚愕を示した。
「それじゃ君は、最初から彼女のことを疑っていたのかい?」
目を丸くするベニーの顔を見つめて、ジェーンは得意げに一つ頷いた。
シーツを取り換えたベッドに横たわり、ベニーの腕に頭を乗せた彼女はこれまでの経緯を語り出す。
「本格的に疑いを持ったのはここ最近の話よ。フォーラムで彼女の腕前を何度か見させてもらったことがあったの。その時の彼女のやり口が、最近アメリカを中心に好き勝手やってるサイバーグループにそっくりだった」
つつ、とベニーの胸板に指を這わせ、彼女は続ける。
「調べてみたら案の定、アメリカに留学していた頃の彼女のデータが出てきたわ。目を付けた相手の手管を盗んで利益を掻っ攫う。そして相手はスケープゴートにって寸法ね。ざっと調べただけでも十四件、あの女が絡んでる」
「すごいな、そこらのクラッカーより余程タチが悪い」
「ええ、ただまぁ、私たちを狙ったのがあの子にとっての運の尽きよ。踏んで来た場数が違うわ」
こちらも慈善事業ではない、とでも言うようにジェーンは笑う。
随分とまあ強かになったものだとベニーはしみじみ思った。いつぞやの泣き顔を晒していた人物と同じとは到底思えない。これもウェイバーが齎した影響の一端だろうか。
「さて、と」
「仕事かい?」
「ええ、うちのチームの一人が彼女の仕事を監視しているの。そろそろ連絡が入る筈だわ」
バスローブを羽織り、ジェーンはデスクへと向かう。
「ああ、哀れなミス北京ダック。無様に毛を毟られるその前に、せめて私たちに多大な利益を」
11
PC特有の稼働音と、キーボードを小気味よく叩く音のみが室内に響く。
馮が仕事に取り掛かり早一時間。その間ロックはソファに横になって彼女の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
華奢な身体だ。ロックは率直にそう思った。
普段見慣れている女性がレヴィやバラライカ、印象に残っているのがロベルタだからかもしれない。デスクワークが主な業務なのだろう。首筋から背中にかけて大きな筋肉は付いていない。女性らしい、と表現していいものなのかは微妙な所であるが、成程よくよく思い返してみれば一般女性とはこういうものなのかもしれない。
「……私の背中に何か付いてる?」
そんな男の視線に女は敏感なのか、馮は絶え間なく動かしていた指を止めてくるりと振り返る。
当のロックはというと、特に焦る様子もなくゆっくりと身体を起こして。
「不快に思ったのならすまない。女性の身体はこういうものだったな、と感慨に耽ってた」
「…………?」
ロックの言っている意味が分からないのか、馮は眉を顰めて首を傾げている。
「それより、仕事の進捗はどうなんだ?」
「ええ、おかげさまで順調よ。あと数十分もあればボスからのミッションも完遂出来るわ」
「そうか。それは何より」
窓の外に視線を向ければ、海岸線の向こうは徐々に白み始めている。腕時計を確認すれば午前五時半。もう後三十分もすれば市場にも活気が出てくるだろう。そこで何か朝食を摂ることにしよう。ロックは酒の抜け切らない頭でそんな事を考えていた。
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