後日談 1
1、好奇心は猫も殺す
既に夜の帳が降りたロアナプラに、悪漢たちの声が舞う。アルコールを含んだ悪辣な人間たちが集い、街を彩る喧騒の一端となって金を落としていく酒場がそこかしこに乱立し、ある種お祭り騒ぎのようになっている。こんな光景が、昼夜を問わず見られるのがこの街の特色とも言えた。
そんな酒場の一つに、イエローフラッグという酒場がある。通称ウェイバーの玩具箱。事あるごとに破壊と再生を繰り返すこの酒場は、度重なる修復と改築を経て今や鉄の要塞へと変貌を遂げていた。実は様々な武装の効果を試したいがためにわざと店を破壊しているのではないかと周囲が噂をし始めたのが通称の発端である。
建築された当初は木製だったイエローフラッグも、今やその面影は微塵もない。
入口の扉からテーブル、椅子に至るまで全て特殊な鉄と合金で出来ている。ショットガンですら貫通を許さない強度を誇る代物だ。にも関わらず既に二度修理されているが、そこには触れないのが店主のためだろう。彼の胃はそろそろ本気で潰れそうである。
ともあれ、そんな大変身を果たしたイエローフラッグであっても集まる人種に変化はない。
どこを見ても悪党と称するに相応しい糞野郎ばかりだ。見える位置に置かれたナイフや拳銃の自己主張が激しいことこの上ない。腕っ節に自信のある連中も、頭のキレる連中も、すべからく己の力量を誇示したいのだろう。
「ほんと、目先のモンしか見えてねェ連中ってのは救えないね」
「オラ手ェ止めんじゃねえよボケナス!」
ジョッキグラスを磨いていた男、英一の呟きに店主が即座に反応した。
「今度手ェ止めやがったら給料半分にすっからな!」
「ひどくないッ!? そんなんだから他の店員が三日持たずに辞めてくんだろ!」
「うっせー軟弱者はこの店にゃあいらねェんだよッ!!」
店主の怒号も、店内の喧騒によってかき消されていく。
あの男がいないこの酒場は、大体こんな感じであった。
店主のあんまりな対応にぶー垂れながらも、店員である男はグラス磨きを再開する。
「しっかしまぁ、ほんとあの人が居る時と雰囲気違うよなぁ」
「ったりめえだろ。アイツが居たんじゃおちおち会話も出来やしねェ」
「言うほど悪い人には見えないけどなぁウェイバーさん」
「バカッ! その名前を易々と口にするんじゃねェ!!」
店主、バオの叫びも虚しく、店内は一瞬にして静寂に包まれた。店内の男たちの視線が、一斉にカウンターに立つ英一へと集まる。
彼の名を口にすると、例外なくこの反応が返ってくる。昔からの付き合いであるバオの話によると、これまでの彼の行いがそうさせているのだと言うが、この街に来て日の浅い英一にはそこまで強烈な事件は耳にしていなかった。
(いやさ、この街に来た最初の日のこととか、この間の黄金夜会同士の衝突のことは確かに衝撃的だったけど)
この悪徳の街に上陸した日のイエローフラッグでの事を思い出して、今でも肌が粟立つのを抑えられない。それ程までに、あの男の悪党としての在り方は英一を魅了していたのだ。
己の力をこれみよがしに示したりはしない。無益な争いは好まない。だが決して戦いが苦手な訳ではない。最小限の労力で、最大限の利益を得る。言葉にすれば簡単だが、実行するには難易度の高いそれをいとも容易くこなしてしまうそのスマートさに憧れた。何度も弟子入りを志願したが、彼にはついぞ受け入れられなかった。聞けば今彼の元に居る二人も、自身を狙う殺し屋と日本での資金源を確保するための人質であるらしい。弟子は取らない主義らしく、そう説明されては納得するほかなかった。
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