12:偽装
間桐桜は、穂群原高校の一年生だ。弓道部に所属する、おとなしやかな印象の美少女で、一年生のナンバーワンとの呼び声も高い。特徴的なのは、藤色と薄墨の中間のような髪と瞳の色。そして年齢の割に豊かな胸だ。
彼女はいつものように、弓道部の先輩である衛宮士郎を訪れた。朝六時、朝食の手伝いである。朝の挨拶をしながら、玄関の戸を開ける。そして立ちすくんだ。
玄関を埋める、靴、靴、靴。それも多分、みんな女物だ。目を引くのは、鮮やかな紫色の小さなブーツ。三足の黒いフラットパンプス。いずれも艶やかで滑らかで、一見して高級品。それに混じるのは不似合いな、桜には見慣れた穂群原高指定のローファー。ただし、桜の靴ではない。
「せっ先輩っ! 一体何が……と、遠坂先輩……?
なんで、遠坂先輩が……」
桜の声に、現れたのは穂群原高校のナンバーワン、遠坂凛だった。キャメルのブレザーに赤いリボン、黒いフレアスカートの制服。それ自体は桜と一緒だが、スカートに座り皺がつき、いつもの完璧な身支度にはほど遠い。よくよく見れば、美しい翡翠の瞳の下に、薄っすらと隈ができていた。
「あら桜。今、ちょっと込み入った話になっちゃってて」
「今って、どういうことなんですか。こんなに朝早くに……」
桜の詰問に、凛は腕時計に目を落とした。
「やだ、嘘、こんな時間!? 信じられない……。
実は衛宮くんの家庭の事情でね。わたしの口からはちょっと言えないわ。
もう冗談じゃないわよ。わたしは単なる案内役のはずだったのに……。
ねえ、桜、あなた衛宮くんと親しいんでしょ」
「え、あ、その先輩は先輩で、お料理を教えてもらってて、その、あの……」
赤らめた頬と、しどろもどろの言葉が語るに落ちるというやつだった。
「ごめんなさい、お願いがあるの。衛宮くんの後見人?
そういう方を知ってるかしら」
「藤村先生のおじいさまです」
「あ、藤村組の親分さんだったのね。どうしようかしら……。
すっごく、微妙な問題なのよ。ねえ、藤村先生と衛宮くんは親しいのかしら?」
「は、はい。毎朝のようにご飯を食べにくるんです。
わたしはそのお手伝いで」
無理があるわ、それ。凛は内心で思った。なんで後見人の成人の孫が、未成年に朝ご飯を作ってもらうのよ。逆でしょ、逆。霊体化しているアーチャーからは、弁解めいた感情が伝わってくる。
『いや世間には諸事情があるんだよ』
『ああ、あんたもそういう駄目な大人なのね……』
『まことに面目ない』
『もう、黙ってて!』
内心で撥ねつけると、桜に問い質す。
「じゃあ、待っていればいらっしゃるのね」
「あの、何人お客様がきているんですか?
遠坂先輩もよかったら食べていってください」
はにかむような笑みを見せる、いまは間桐を名乗る妹は本当に可愛かった。
「わたしを含めて五人だけど、本当にごめんなさい。
もう、帰るに帰れなくなっちゃって。衛宮くんも手が離せそうにないの。
朝食作るの、私も手伝うわ」
そして凛は、名字の異なる妹と、並んで朝食を作り始めた。これを逃避行動という。いまから二時間余り前にアーチャーが提案したカバーストーリーによって、間もなく起こるであろうことを、考えたくない凛だった。
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