終章 result
身体が欲しいと願い、それが叶えられた。ただ、それだけの話なのだ。
――――記憶が、あった。
それは本当の自分とは違う、もう一人の自分。
決して知り得る事の無かった筈の、強固にして薄弱の意思。
夢のような、幻覚のような。不定形で不確かのそれは、自覚の無いままに強迫観念としてそれを蝕んでいった。
――――記憶が、あった。
それはもう一人の自分とは違う、本当の自分。
決して揺らぐ事の無かった筈の、固められた意思。
何時から存在したのかは分からない。けれど疑う余地も無いそれは、自らの指針であり行動原理でもあった。
……本来ならば、相反し、反発し合い。互いを犯し合っていく筈の二つの意思。
しかし、彼らは意外にも拒否反応を起こす事無く、自然に融合し受け入れ合っていた。
「世界に救済を」
そのたった一つの目的を果たす為に存在する彼らは、ある意味ではこれ以上無い程に似通った存在だったのだ。
侵食し合い、融合し合い。細かな差異はあれど、それは誤差の範囲であり。直ぐに馴染んで消えて行く。
互いが互いの思考回路に良し悪し問わず影響を与え、汚染した。
壊れぬ筈の物を壊し、生きる筈の者を殺し、死ぬ筈の者を生かし、産む筈の者を産まず。世界の結末を妄想により歪ませて行き……そうして、だからこそ彼らは致命的に失敗したのだ。
彼らが辿った道程は、枯れた茨のその向こう。
結果的に彼らはその目的を果たす事無く敗れ去り、どうしようもない巨悪として蓄積される事に相成った。
真意を明かしたものは皆消えさり、他人に新たに理解される事は無く。彼ら自身もただ惨めに消滅した。
彼らは叫んだ。互いの人格に引きずられ、憎悪と妄想に取り付かれた彼らにはそれしか出来なかった。
成功したはずの逃走も、説得も。何一つ行う事が出来ないまま叫び続けるしかできなかったのだ。
――またなのか。二度も自分は敗北するのか!!
途轍もなく大きな屈辱に貫かれながら、彼らは互いの敵の名を叫び続けた。
発狂し、冷静さを取り繕う事も無く、血に塗れ瀕死の身体を引き摺って。
それは喉が擦り切れ、命の灯火が消えるその瞬間まで止む事が無かった。
――――その憎悪の絶叫は、その場に居合わせた人間達の記憶に断末魔として強く刻まれて。後に救国の英雄と呼ばれた彼らの内、最も力の強い存在が興味を抱いた。
そうして、それが呼び水となったのだ。
妄想の中で漂い続けるだけだった、それ。ただ世界の外で認識し続けるだけだった彼が、強烈な憎悪と好奇心により引っ張られ、十数年という長い年月をかけ、ゆっくりと手繰り寄せられ。
彼の敵となる筈だった彼らの居ない世界の中に、異分子として混ざり込み、生れ落ちた。
好奇心を抱いた者は、とある鶏頭の英雄。
憎悪を抱いた者は、とある陳腐なラスボス。
――――全てはとうの昔に決着し、終了し、世界設定として定着した前日譚である。
■ ■ ■
――――ごくり。
誰かが息を呑む音が、部屋の中を木霊した。
「…………」
「…………」
そこにあるのは、頬と指の先にガーゼを当てた僕。
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