第8話:士官の役割 宇宙暦791年6月末~9月30日 第一艦隊所属の空母フィン・マックール
六月一一日に第七幹部候補生養成所を卒所した俺は、宇宙軍少尉に任官し、第一希望の補給科になった。
「兵卒だった頃は補給員だった。仕事には慣れてるし、管理や会計の成績が良かったから、適性もあると思う」
周囲には志願理由をそう説明したけれども、そんなのは単なる方便だ。最後に補給員の仕事をしたのは六三年前だ。成績だけで適性を主張するなら、俺はどの分野にもそこそこ向いている。
「戦術シミュレーションの点数が極端に悪かったから」
それが真の理由だった。卒所するまで一度も勝てず、最後の方は半ばやけになって、どこまで連敗記録を伸ばせるかに挑戦したほどだ。
戦術知識は平均以上なのに、いざ戦うとなると、自分よりはるかに知識に劣る人にもあっさり負けてしまう。知識があるのに応用が効かない軍人なんて、『ミッターマイヤー元帥回顧録』に登場する「理屈倒れ」シュターデン、『帝国領侵攻作戦――責任なき戦場』に登場する「史上最悪の無能参謀」アンドリュー・フォークのように、やられ役と決まっている。そんなみっともないキャラクターになりたくないと思い、補給科を志望したのである。
「君は体力と根性がある。陸戦隊で鍛えればもっともっと伸びるぞ」
ある教官はそう言って宇宙軍陸戦隊を勧めた。
「地上軍なら宇宙軍よりも出世が早い。君なら連隊長、いや旅団長だって夢じゃない」
別の教官は地上軍への転籍を勧めた。
「地に足を付けて戦うなんてつまらんぞ。スパルタニアン乗りになりなさい。あれこそ男のロマンだ」
単座式戦闘艇「スパルタニアン」のパイロットになるように勧める教官もいた。
「申し訳ありません。自分はやはり裏方が性に合ってると思うのです」
実戦指揮が怖いという真の理由を隠し、パンフレットを持って迫ってくる教官達を振り切り、何とか補給科になれたのである。
補給科というのは、民間企業の総務部と経理部を一緒にしたような仕事をする。兵士は人間だから、食事をしなければ生きていけないし、着替えやタオルやトイレットペーパーなんかも使う。それを用意するのが補給科の仕事だ。武器弾薬のストックの準備、兵士の給与計算、経費の管理なんかも補給科が引き受ける。
一見すると地味な仕事のように思えるかもしれない。だが、「素人は戦略を語り、玄人は兵站を語る」と言われる。戦略の天才ヤン・ウェンリーは、管理の天才アレックス・キャゼルヌが兵站を取り仕切ってくれたおかげで、思う存分采配を振るえたのだ。
後方支援のプロになった自分が、アレックス・キャゼルヌとともに、ヤン艦隊の後方支援を取り仕切る。そんな未来をほんの一瞬だけ夢想した。
「そんなの無理だよな」
頭を振って夢想を振り払う。ヤンとともに「エル・ファシルの英雄」と呼ばれ、カスパー・リンツと友人になった俺だが、身の程は知っている。彼らと肩を並べるなど、想像するだけでもおこがましいというものだ。
そもそも、幹部候補生養成所を出た補給士官と、士官学校を出た後方参謀では、期待される役割がまったく違う。宇宙軍の補給士官は軍艦や基地の事務職で、昇進したら補給艦艦長や補給部隊司令になる。一方、後方参謀は兵站計画の立案・指導にあたる幕僚で、昇進したら軍中枢機関の部課長や艦隊後方支援集団司令官になる。俺の歩く道の先には、キャゼルヌはいない。
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