ハーメルン
その人は何処へいった?
19.幕間:ウェン・ゼイ・クライ

―――ある女性について語ろう。



彼女は何の変哲も無い・・・と言えば多少の語弊があるか?
とりあえず之まで、様々な物語を読んできた我々から見れば、特に特筆に価しない女性だった。

彼女は平凡な一般家庭に生まれ育った。
貧しくもないが、特に裕福な訳でも無い。よくある中流家庭。
時々怒ると怖い父と、すこし勉強に煩い母。しかし子を思い遣る優しい両親。
学校は厭な奴もいるが、それなりに仲の良い友達がいる。親友と言って良いかどうかは微妙な所だが。
そのまま彼女は成長して、やがて恋をし、結婚して子を成して。子や孫の成長を見守りながら齢を重ねる。
やがて、自分の人生を振り返りながらそれにおおよそ満足して、家族に看取られて天寿を全うする。

平凡だが、それなりに幸せな人生。
ある意味、万人が望む最も幸せな人生を送れたかもしれない。

―――でも、そうは為らなかった。

確かに彼女はある意味で特別だった。
では何が?


彼女は特別な力を持っていた?

いや違う。
何か超常的な能力が在るわけでもなく。1%の閃きを与える頭脳も無い。


では何か常人では行えぬ偉大な事をやり遂げた?

そんな事も無い。
別に彼女が世界を救うでもない。
人類の未来を栄えあるものにする、歴史的大発明をするわけでもない。


では一体何が特別だったのか。
正確に言えば彼女が特別だったのでは無い。彼女の相手(・・)が特別な存在だったのだ。


彼女はこの(セカイ)の祝福を最も受ける主人公の”ヒロイン”だった、という事だ。

それだけだったらまだいい。
主人公とヒロインはその世界で、周囲に祝福されながら幸せに暮らしただろう。



・・・だが、不幸な事にも。




―――その役目は必ずしも彼女に幸福を齎すだけではなかった。










▼その人は何処にいった?

「ウェン・ゼイ・クライ」






―――ある図書館世界 「あっち」方面書架群 談話室




カリカリカリ


埃が落ちてくる音すら聞こえてきそうな静寂の中、談話室にはペンが紙を引っ掻く音が響いていた。
音は談話室の一角。山の様に積み上げられた革張りの本が机の上や周囲の床に積まれており、さらに何かを書きなぐった様な紙が散乱している。
その音を立てているのは、この部屋の主とも言うべき司書。
この頃は厚木と名乗っている女性だった。


カリカリカリカリカリカリ


しかしその様子はまるで普段とは異なっていた。
いつもの柔和な雰囲気は成りを潜め、何やら熱気の篭った剣呑な眼光が異彩を放っている。
しばらく身なりを整えていないのだろう。
あの金糸のように美しかった髪は、まるで汚水を吸った絹の様に薄汚れ、脂に汚れている。

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