3.そして迷子は知る
「―――君は恐らく、本の世界の住人だね」
「……つまり、私はファンタジーの国の人間だと?」
「あぁ言葉が少なかったね。
一応言っておくけど、別に君が虚構/フィクションな存在だと言っているわけじゃあ無い」
厚木さんは私が内心ちょっぴり傷ついたのを悟ったのか、穏やかに話し始めた。
「先程も話したようにここに蔵書されている本は世界だ。
本という形態を取っていますが、これはもう一つの命を育む世界なんですよ。
始まりが何であったとしても、その手から離れ独自に世界は進み、そして新しい本が生まれる」
近くの本棚から厚木さんは一冊の本を取り出した。
そしてその本を広げ、こちらに見せてきた。読んでみろと。
―――それはなんとも不思議な感覚だった。
本を読んでいくとその場面の情景が鮮明に脳裏に浮かび上がった。
あまりに生々しく、躍動的でこれは自分が思い浮かべた妄想ではなく、実際に彼らがそこに生きているのだと信じられた。
「どうです?フィクションだと思いましたか?」
「―――まさか」
アレがフィクション?作りモノ?―――馬鹿な。
本を開いただけなのに、命の息吹、草の薫り、優しい風の感触が頬に残っている。
その残滓が、これらの感触が、自分の錯覚でない事を示していた。
「それは良かった。世界を読める図書館なんてウチだけだよ」
「私も実はその世界の住人で、外から知らずに見られていると思うと複雑ですがけどね」
「まぁ本来それを貴方たちが知ることはないのだけどね。
本来、この図書館は本世界より高次な場所にある存在。そこに本世界の住人が来るというのはほとんどない」
「今までこういった事例は無かったのですか?」
「2,3周期前に有ったらしい。が、なにぶん大昔の事でね。詳しい事情は知らないし分からない」
もしかしたら館長なら何か知っているかも、と零す厚木さん。
……周期ってナニ?いや待て気にするな。つっこんで話が膨らむとめんどくさい。
それよりも聞きたい事がある。
「その割にはすぐに私の正体に当りをつけましたね?」
「―――その事例の原因が問題なんですよ」
「原因が問題?」
「本世界の住人がこちらに来てしまう……その原因は恐らく"本の落丁"」
「落丁?」
落丁って本のページが出版や印刷の段階で抜け落ちてたりするあれ?
「その落丁で合ってるね」
「―――そんな事で?たかがページが取れただけで?」
「……"たかが"? 恐ろしい事を言うね、君は。
なんども言う様に本はイコール世界、つまり宇宙と言い変えてもいい。
…つまりだ。落丁というのはそこから銀河を2、3個剥ぎ取るようなものだ」
妙にスケールがでかくなった。
…いや小さいのか?どうもここに来てから感覚が麻痺してる。
「恐らく、その落丁時に君は"こちら側"に弾き飛ばされて来たんだろう。
宇宙開闢に匹敵するエネルギーの奔流だ。よかったね。蒸発せずに。君は恐ろしく悪運がいい」
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