邂逅
ロンドンは今日も曇天だった。
ケープタウンから直行便に揺られて12時間。
長時間の禁煙から至福の1本を味わうため、喫煙所に出ると、
いつもの曇り空が見えた。
私の頭は時差ボケとエコノミーシートの洗礼でぼやけ、夢と現のはざまを行き来して
いたが、早朝のロンドンの乾いた空気といつもの曇天が私を現へと引き戻した。
私は1年の半分を国外で過ごすが、この曇り空を見ると
帰って来たということを実感させられる。
ヒースローエクスプレスに乗り、パディントンに向かう。
パディントン駅から歩いて5分。
今まで何度も使っている安ホテルのエントランスに着いた。
エドワード朝の頃からあるというその建物は、歴史を感じさせはするが、
ただ古臭いというだけで、優雅さなど欠片ほどもない。
その風貌は古き良き伝統を守っているというよりは、変わらないでいることに
意固地になっているという趣だ。
観光客に不人気なのも無理はない。
ヒビの入った古いドアを開け、中に入る。
いつもの通り、オーナーのエミールが温顔とロシア語訛りの英語で迎えてくれた。
宿帳に記入する私にエミールが話しかける。
「朝食はどうする?」
「いただくよ」
無いに等しい荷物を部屋に置くと、ダイニングに向かう。
フライドエッグ、ベイクドビーンズ、マッシュルーム、トマト、ソーセージ、
ベーコン、薄いトースト。
オーナーのエミールはシェフも兼任しているが、ロシア人の彼が作る
フルイングリッシュ・ブレックファストはかなりイケる。
ロシア人の彼がなぜこんなに完璧なイングリッシュブレックファストを
作れるのか不思議だ。
濃くて旨いブラックティーで朝食を流し込む。
カロリーと塩分過多な朝食の味は改めて私を英国へと引き戻していた。
朝食を終え、仮眠をとる。
起きると昼を過ぎていた。
この稼業について以来ずっと夜型生活だ。
もう慣れたが、昼過ぎに起きると時々情けない気分になる。
外に向かおうとレセプションに行く。
「お出かけかい?」
イブニングスタンダードに目を通していたエミールが私の存在に目を向け、
そう言った。
「いや、チェックアウトする。
朝食、旨かったよ」
私がそう言うと、エミールは眼の端で微笑し、奇妙なサムズアップをした。
×××××
私の足はピカデリーサーカスへと向かっていた。
私は香港で10代の半ばまでを過ごし、それ以降はロンドンに根を下ろしている。
体が都会のリズムに馴れきっているせいか、
手持無沙汰になると、どうしても都会の喧騒へと足が向いてしまう。
例の件の連絡はまだない。
私のモバイルフォンは死んだように押し黙ったままだ。
私は遅いランチに中華のテイクアウェイを買い、脂ぎったその固体を胃に流し込み
ながら、このロンドン有数の繁華街を行き交う往来を眺めていた。
ピカデリーサーカスは今日も雑多な人々で込み合っていた。
方々から色々な国の言語が聞こえてくる。
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