晩餐
彼らの住居はシティ・オブ・ウェストミンスターのセント・ジョンズ・ウッド地区にあった。
物件はロンドンの街並みに調和した小奇麗なタウンハウスだったが、
越してきたばかりとあって、部屋の中はまだ荷物が散乱していた。
「このフラットは魔術協会の手配かい?リン」
「ええ、そうよ。あなたも時計塔にいたことがあるの?アンドリュー」
「ああ。いかにも優等生風な君と違い、不良学生だったがね。
それに、僕はこんないいところには住んでいなかった。
幽霊の1体ぐらいは出てきそうな小汚いフラットで
毛むくじゃらでむさ苦しいユアン伯父さんと同棲生活だったよ。
青春を台無しにしたな。今となっては良い思い出だがね」
凛は少し困った顔をしていた。
英国式のユーモアは日本人には解されないらしい。
私も4分の1とはいえ日本人なのだが。
異文化理解とは難しい。
「待っててくれ。すぐ準備するから」
士郎は必要な材料以外を冷蔵庫にしまうと、
ベテランの専業主夫のように手際よく献立を整えはじめた。
「まるで魔術師らしくないな」
私はそんなことを思った。
士郎が調理に勤しんでいる間に、私は凛とロンドンのどんよりした天候や
初対面同士のお互いに深入りしない程度の身の上話など、あたり障りのない
会話をしていた。
「トオサカ」という名前にはすぐに記憶から行き当った。
遠坂家は確か極東の名門家系だ。
聖杯戦争を始めた始まりの御三家の一画だったと記憶している。
彼女は遠坂家の若き当主だった。
成程、その横溢する魔力から並の魔術師ではないと思っていたが、そういうことならば納得だ。
魔術師の能力は基本的に血統で決まる。
私のように秀才と言える程度に優秀だが、没落した家系の出身という方が珍しい。
「エミヤ」という名前にも私は聞き覚えがあったが、
私の知るその人物は衛宮士郎とは似ても似つかない。
衛宮はそれほどよくある苗字ではないが、きっと偶然の一致なのだろう。
あの「エミヤ」の血筋ならば、ここまで魔力がヘボなはずがない。
私はてっきり2人とも時計塔の学生なのかと思っていたが
時計塔の学生は凛の方で、士郎はその助手として渡英したとのことだった。
「なるほど。道理で魔力がヘボすぎるわけだ」
私は自分にだけ聞こえる小声でそう言った。
しかし、なぜか凛に睨まれた。
女の勘は超常現象だ。
「アンドリュー、イエローカード1枚だな」
私はもう一度、自分にだけ聞こえる小声でそう囁いた。
今度は凛に哀れなものを見るような目で見られた。
凛の表情にようやく気付いた士郎には不思議な顔で見られた。
「気にするな。独り言は中年に片足を突っ込みかけた大人の悲しい性だ」
×××××
「とても旨いよ。ゴードン・ラムゼイでも敵わないだろうね」
士郎の用意した晩餐は純和風だった。
私は久しぶりに使うチョップスティックに少し苦戦しながら、
用意できる精一杯の賛辞を士郎に送った。
しかし、2人の顔は明らかに「誰だそれは?」という顔だった。
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